日本に住んでいるなら、町にある赤い郵便ポストを誰もが見たことがあるはずです。郵政事業は、1871年に創生されてから150年以上という月日の間、顧客と地域を支え続けて来ました。歴史あるグループ企業は、今、大きな変革期を迎えています。
日本郵政株式会社、日本郵便株式会社、株式会社ゆうちょ銀行、株式会社かんぽ生命保険の4社からなる日本郵政グループは、成長戦略として、グループ総出でDXの推進とそれを担うDX人材の育成を掲げています。
日本郵政グループのDX推進のためのIT投資額は、2021年度から2025年度までの5年間で約4300億円を見込んでいます。
2022年にスタートしたDX研修では、ライトワークスのLMS「CAREERSHIP」を活用し、グループ本社の社員のうち、9割を超える約6500人が受講する、過去初めての規模の研修となりました。これは日本郵政グループ全体で、DX人材を育成していこうという意気込みの表れといえます。
一般的な民間企業とは異なる特殊な歴史背景を持つ日本郵政グループだからこそ、社員は顧客と地域に対して責任を負っています。“町の郵便屋さん”から新たな“デジタル郵便局”創設と、リアル×デジタルの融合に向け、デジタル事業を推進できる人材の育成がグループ全体で急務となっています。
日本郵政グループのDX人材育成と今後の展望について、日本郵政株式会社でグループ横断の人材育成を担う郵政大学校グループリーダーの平井健一様と、DX推進のため設立された株式会社JPデジタルの人材育成部門リーダー 寺井里緒様にお話を聞きました。 [1]
[1] 2023年7月 取材当時の情報です。
各業界における人材育成の課題と解決方法をまとめた事例集
目次
1. 日本郵政グループのDX推進:リアルとデジタルの融合に向けて
―日本郵政グループのDX推進の背景やビジョンについて教えてください。
平井様:日本郵政グループは2021年に中期経営計画「JPビジョン2025」を打ち出しました。その大きな柱の一つとして、「グループ一体でのDX推進によって、リアルの郵便局ネットワークとデジタルを融合し、幅広い世代や地域のお客さまに新しい価値を提供していく」ことをうたっています。
具体的には、2025年までに、(1)リアルとデジタルの郵便局の一体化により、幅広い世代のお客さまに合わせた体験を提供すること、(2)連携基盤の構築やデータの活用により、グループ外企業や地方公共団体との連携協働を通じた新たなサービスを拡充すること、(3)あらゆる業務のデジタル化により、社員が安心して効率的に働ける環境を実現し、お客さまへのサービスに注力すること、この3つを軸に、DXを推進していきます。
―DXの基盤づくりの重要項目の一つとして人材育成・体制強化を挙げられています。人材育成・体制強化を重要と捉えているのはなぜでしょうか?
平井様:これまでの郵政事業というのは、リアルに寄った事業でした。そういった中で、社員がいきなりDXに対応できるかというとなかなか難しいというのが実情です。
DXを推進するための人的リソースの充実に向け、DX施策を推進できる人材を育成していくこと、外部専門人材も含め、積極的に登用して体制強化を図ることが必要であると考えています。
人材育成においては、DX施策を推進できる人材を内部で育成し、社員全体の底上げをするDX研修を実施していこうということでプロジェクトが始まりました。
DX研修初年度である2022年は、本社社員の約9割を超える約6500人が受講した研修を行いました。このような大規模な研修は過去にはなかったはずです。この規模の研修を一括で行い、しっかりと社員全体での底上げに取り組んでいくことが、DX人材の育成、DX推進の肝だと考えています。
2. DX研修の枠組みづくり:グループ横断でジェネラリストを育成する
―DX研修の体系化をどのように進めていったのでしょうか?
平井様:我々、郵政大学校とJPデジタルに加えて、各社の人事部の人材育成担当者に集まってもらい、DX研修の体系化に向けた議論を進めていきました。まずは、「どのような人材が必要なのか」「そのためにどんな研修を実施すべきか」について意見を出し合い、ブレストするところからスタートしました。
DXは、デジタルとトランスフォーメーションの二つの要素があります。それぞれについて、ナレッジ・マインド・スキルの構成要素に分けて、どういったものが必要なのかを洗い出していきました。
また、これらの議論の中で、グループ共通の人材育成の方向性として、専門的な分野に特化したスペシャリストではなく、幅広くDXについて知っているジェネラリストの育成を目標にすることも決定しました。
スペシャリストというのは各社個別の戦略で育てていくものでもあるでしょうし、必要に応じて外部から登用していくこともあるでしょう。
我々が担うのは、一般的な企画を行うジェネラリストのレベルアップを行うこと。そのために、ジェネラリストの人材像をレベル0から3までレベル分けして定義しました。
「デジタルについて知らない・未経験者」をレベル0として、「DXについて知っている、やってみることができる」をレベル1、「実践できる」をレベル2、「部下にも指導でき、企業全体に波及できる」段階をレベル3と設定しました。
その上で、それぞれのレベルにどういったものが必要かというマトリックスを作成していきました。
そしてDX研修の最初のゴールとして、まずは社員全員が少なくともレベル1に到達できることを目指しました。そのために2022年スタートしたのがDX研修(入門編)です。
3. DX研修入門編の実施:トランスフォーメーションを軸に実践を促す
―入門編の研修内容や実施計画について、詳しく教えてください。
平井様:DX研修の入門編では、本社の全社員と全国に13拠点ある支社/エリア本部の企画職社員を対象に、DXの言葉の定義が理解でき、DX施策についていけるレベルを目指す研修カリキュラムを作りました。
1人当たりの研修期間を4カ月と設定し、最初の1カ月は「CAREERSHIP」で教材を見てもらいながらワークとアセスメントを実施します。教材は、短い動画形式のものが約300本あります。2カ月目からの3カ月間は実践課題に取り組んでいただく、という流れです。
4カ月の間、教材はいつでも閲覧可能にしておき、復習や確認などの反復学習に利用できるようにしました。また、受講者間でクラス(チーム)を編成し、「CAREERSHIP」のルーム機能を活用して、ディスカッションなどをしてもらいました。
画像引用元:株式会社JPデジタル「JPデジタルの事業」,https://jp-digital.jp/business/1328/
この合計4カ月間の研修を、2022年の7月開始組・8月開始組…というふうに分けて、年度末までに、約6500人の受講を実現しました。
入門編の研修を組み立てる上では、単にデジタル知識を付与すればよいという訳ではなく、日本郵政グループにとってDXが必要であることをしっかり理解し、「自分ごと」として取り込んでもらう必要があるということを念頭に置いていました。
今後、DXを推進する上では、組織の問題やリソース不足、システムの問題など、さまざまなことが阻害要因になるかもしれません。
そのような場合に、自分で課題を見つけ課題を打破していく、要はトランスフォーメンションを実現していくということを意識付けるような、教材作成や実践課題の設定をしています。
―日本郵政グループに限らず、トランスフォーメーションが苦手な人や組織も多いと思いますが……。
平井様;教材にも盛り込んだのですが、実は郵政事業というのはトランスフォーメーションを繰り返してきた事業なんです。
2021年に150年を迎えた郵政事業ですが、よくよく考えてみると、江戸時代の「飛脚」の世界から、前島密[2]が郵便制度という大改革をすることで始まりました。また、1968年に開始した郵便番号制度は、住所を区分して数字に置き換えるという、いわば、デジタル化の先駆けのような仕組みです。
我々の先人たちが時代の変化を経験し、変化に対応してきた結果、今の日本郵政グループがある訳です。
今回のDX推進というのは、社会のデジタル化が進み、変革なしでは生き残っていけないということなんだとしっかり受け止めてもらいつつ、我々は変化に対応できる組織であるということを、研修を通して伝え、受講者に意識付けするようにしています。
<入門編の教材例>
―実践課題については、どういうものが出されるのでしょうか?
寺井様:実践期間の最初に、受講者に「各々の事業部において、自身が課題に感じていることは何か」、「その課題対して、どのような改善活動ができそうか」を出してもらいます。
上司との面談を通じてブラッシュアップしていきながら、3カ月間活動に取り組んでもらい、最終評価する、というところまでが入門編での実践課題です。
[2] 日本郵政株式会社「前島密」,https://www.japanpost.jp/corporate/milestone/founder/
4. 「CAREERSHIP」の評価:管理のしやすさとサポート体制
―DX研修のプラットフォームとして、「CAREERSHIP」を採用いただきました。「CAREERSHIP」のどのような点を評価していますか?
平井様:評価している点は3点あります。一つ目は、グループ4社(日本郵政株式会社、日本郵便株式会社、株式会社ゆうちょ銀行、株式会社かんぽ生命保険)の社員の研修受講状況を簡単に確認できることです。
DX研修は郵政大学校やJPデジタルだけでなく、グループ一体で進めることが重要と考えています。
受講状況を基に、各社で未受講者にリマインドメールを送ってもらうようにしたり、アセスメントやアンケート結果についても各社に共有し、ディスカッションしながら改善したりしているので、「CAREERSHIP」で個々の受講状況やKPIとしている受講人数が見られ、助かっています。
平井様:残りの2点はサポート面に関してです。手厚いサポート対応によって、採用決定から研修の開講まで2カ月という短い期間で運用を開始することができました。また、DX研修の開講後も操作の照会や他社の好事例紹介など、丁寧なフォロー対応をしていただけているところです。
―KPIのお話もありましたが、2022年度のDX研修をどのように評価していますか?
平井様:アンケート結果から、おおむね満足度の高い研修を提供できたと評価しています。また、DXを阻害する要因についても分析できており、その内容を別の施策に生かすことができました。その点も良かったと評価しています。
5. 2年目を迎えたDX研修:研修を充実させ次のレベルへ
―2023年度はDX研修2年目となりますが、どのような実施計画を立てられていますか?
平井様:2022年に続き、入門編を開講しています。2023年度は、約3700人が対象となっています。それに加え、中級編とスキル講座の提供も開始しました。
中級編は総論的に、レベル2の段階で必要なDX知識やマインドを付与するものになっています。スキル講座は、データ分析、アジャイル、デザイン思考、ビジネスプロセスモデリングなどの講座を設け、それぞれのスキルを必要とする人に対して、研修を実施するというものです。
スキル講座を7月末から、中級編を9月から開始しました。
―入門編に関して、2022年度のDX研修内容を踏襲したポイント、改善や変更したポイントがあれば教えてください。
平井様:教材は評判が良かったので、基本的には手直しせず引き続き同じものを使用しています。
一方で、業務が忙しい人、特にフロントラインである郵便局や店舗と接しているエリア本部に所属する社員からは、研修を受ける時間をまとめて取るのがなかなか難しかったという声もありました。2023年度は、そういった社員向けに、短縮版の教材も用意しました。
今後も、働き方や業務の実情に合わせて研修をカスタマイズしていくというようなことは検討していきたいと考えています。
―スキル講座では、デザイン思考やビジネスプロセスモデリングといったビジネスフレームワークなどを扱っているとのことですが、こちらは汎用教材を使用するのでしょうか?
平井様:いえ。スキル講座の教材も全てオリジナルで内製しています。
例えばデザイン思考では、顧客像のペルソナを設定し、ペルソナの視点でプロトタイプを作り、試行と評価のサイクルを回します。そのようなデザイン思考のプロセスを汎用教材で学んでも、日本郵政グループの社員にとって、なかなか理解しづらいものとなってしまうでしょう。
なぜなら、当グループは郵政民営化法にも定められている「ユニバーサルサービス義務」を負っており、「我々の顧客は国民の皆さま全員である」という文化や考え方が染みついているからです。
もちろんそれは我々の誇りでもあるのですが、デザイン思考を使って商品を考えていきましょうというときに、「国民全体を顧客としてペルソナを作る」ではうまくいきません。
ペルソナを考えるときには、国民全体に向けた商品は作れないこと、対象のペルソナを考える必要があることを丁寧に伝える必要があります。
日本郵政グループの歴史や文化、法律上の規制なども踏まえた上で、受講者と歩調を合わせ、受講者が腹落ちできる研修にするために、スキル講座であっても、研修の企画から教材の作成まで内製するようにしています。
6. 今後の展望:2025年までに全員のレベルアップと旗振り役の育成を
―DX研修の今後の計画や展望を教えてください。
平井様:まず2023年度は、初めて中級編・スキル講座をやっていきますので、しっかりと受講者の反応を見ながら、必要に応じて修正・改善していきたいと思っています。
また、「CAREERSHIP」の活用については、もっと深掘った活用ができないか模索しているところです。マンパワー的に我々が対応できるか懸念もありますが、まずは「こんな使い方がありますよ」というところを提案いただきながら検討していきたいと思っています。
そして、中期経営計画の期間の2025年までに、企画職の社員に対しては全員レベル1以上に到達する必要があると考えています。
更に、各スキルの強化を目的とする「DXスキル講座」の受講生を拡充するとともに、研修で学んだことを「実務で活用する機会」を設けることで単に研修で知識を得るだけでない、一気通貫な仕組み作りを検討しています。
まとめ
日本郵政株式会社様は、リアルで寄り添うサービスに、時代の変化に応じたデジタル化を加えるため、グループ会社全体でDX人材の育成に取り組んでいます。歴史ある大企業だからこそ背負うお客さまの潜在的なニーズに応えるため、郵政事業は今、転換期を迎えています。
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*2021年4月現在、グループ会社を含む、当社調べ