企業が、世界各国、さまざまなビジネス分野で事業を拡大していくなかで、労働災害発生リスクも増加しています。大手総合商社の住友商事株式会社は、グループ全体での労働災害発生防止のために、グループ全役職員に対し、安全意識の向上と労働災害に対する基礎知識を習得させる労働安全教育研修の必要性を認識しました。そこで、実効力のある教育ツールを提供するために選んだのが、ライトワークスのeラーニング教材制作サービスを活用した同社オリジナルの教材制作でした。
選択の背景にあったエピソードや、教材の企画立案と制作において、どのような想いを持ってこのプロジェクトを推進したのか、どんな苦労や発見があったかなどを住友商事株式会社 災害・安全対策推進部の横田雅彦様に伺いました。
住友商事株式会社 災害・安全対策推進部 労働安全チーム長 横田雅彦 様
1992年入社。金属部門で鋼材ビジネスの営業を歴任後、一時的に社内ベンチャーでBtoCインターネット事業の立ち上げに参画。その後、金属部門に戻り、世界15か国に展開している30数社の金属加工事業会社を本社側から統括して現場管理改善を行う、安全・TQM推進チーム長を経て、2021年1月からは住友商事の全営業9グループ傘下にある国内外のグループ会社の労働安全を統括する災害・安全対策推進部労働安全チーム長に着任。
聞き手
株式会社ライトワークス クリエイティブ戦略部コンテンツ制作チーム 並木和博
本事例のプロジェクトリーダーとして教材設計や進行管理を担当。
※部署名・肩書は2024年5月取材時のもの
目次
e-ラーニング教材で業界と言語の壁を超える
並木:住友商事様が、労働安全教育の教材を制作されることにした背景を教えてください。
横田様:当社は総合商社としてトレードビジネスを主体としておりましたが、市場のニーズの変化やビジネスチャンス拡大の観点から、事業投資として世界各国に拠点となるグループ会社を設立し、単独もしくはビジネスパートナーと一緒にオペレーションを実行するビジネスモデルへ移行を進めています。
その結果、「さまざまな現場」を抱えることとなり、ビジネス規模の拡大と共に労働災害件数も増加してゆく傾向にありました。
その一方で、持続可能な社会の実現に向けて、当社グループ人権方針(「全事業・サプライチェーンにおけるすべてのステークホルダーの人権の尊重」と「安全な職場環境の確保」)のもと、製造・加工業、大規模工事を伴うプロジェクトを中心とした主要事業労働現場における災害ゼロへの取り組み強化を掲げております。
そこで2022年に災害・安全対策推進部内に労働安全推進チームを発足し、グループ全体の安全水準の底上げに取り組んできました。その中で、製造事業、流通事業、インフラ整備事業、エネルギー事業等、「実際の現場」を抱えるビジネスに携わる役職員向けに労働安全に関する基礎研修の実施は急務と考え、労働安全に関するeラーニング教材を導入することになりました。
並木:なぜeラーニング教材だったのですか?
横田様:当社の事業は、鉄鋼、自動車、輸送機・建機、都市総合開発、メディア・デジタル、ライフスタイル、資源、化学品・エレクトロニクス・農薬、エネルギートランスフォーメーションの9つのグループに分かれており、各グループのもとに製造、流通、インフラ整備、通信、資源、リテイルなど多岐にわたるビジネスモデルを国内外に広く展開しております。
グループ全体に対して労働安全研修を行うといっても、異なるビジネスモデルに対し、言語や慣習の壁を超えて基礎知識を学習してもらう必要があるため、画一的な概念系のテキスト・コンテンツよりも、映像をベースとしたeラーニング教材による教育が適切だと考えました。
<住友商事株式会社 横田様>
ビジョンを共有するパートナーとしてライトワークスを選定
並木:最初にお会いした時、さまざまなeラーニング教材にあたり、複数の会社にヒアリングしながら慎重に検討をされていると伺いました。最終的にライトワークスのオリジナル教材制作サービスに決定された理由は何だったのでしょうか?
横田様:ライトワークスさんを選んだ一番の決め手は、当社の課題と教育教材制作に対するビジョンの共有がプロジェクトメンバー関係者とできたからです。
現在日本にはeラーニング教材に限らず、さまざまな研修教材をサブスクリプションで提供するサービスが多く存在していますが、労働安全を学ぶ教材に関しては、安全管理の理論を教える概念系か、特定の業種に対する作業や操作方法を学ぶスキル系に偏ったものしかありませんでした。
当社はグループ会社のオペレーションと経営の二つの観点から労働安全を学ぶ必要があり、現場での労働災害を減らすための安全対策スキルはもちろん、経営者や営業責任者として労働災害が起き難い会社基盤や安全管理体制を構築するスキルが求められ、それを網羅する教材が必要でした。
我々のニーズに合う教材は見つからないと気づき、「ないのであれば、自分で企画・制作するしかない。作っちゃえ!」と、当社のニーズに合った共同開発パートナーを探し始めたときに、ライトワークスさんのホームページに辿り着きました。
その後、ライトワークスさんと打ち合わせをしたのですが、「当社は労働安全に関する知見は持っていませんが、『ないのであれば作っちゃえ!』という発想には非常に興味があります。当社の強みは、教育視点で伝えるためのアイデアやノウハウを有していることなので、『作っちゃえ』の実現に向けてご協力させてください」とお申し出くださいました。「非常に正直で面白いなぁ、この会社ならできるかも」というのが第一印象でした。
並木:ありがとうございます。「ただ必要なことが書かれた教材ではなく、きちんと役に立つものを作れなければ意味がない。それが世の中にないから作りたい」という横田様の言葉に、教材にかける強い熱意を感じ、深く共感したことを覚えています。
横田様:私は一緒に何かを作り上げていくうえでは、ビジョンを共有できないと、良いものはできないと考えています。契約の際に、「パートナーとして選定しました」とお伝えしましたが、委託先ではなく、ビジョンに向けて伴走してくれる対等なパートナーとしてライトワークスさんを選んだのです。
<横田様(左)と当社担当の並木(右)>
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よりよい教材を作るための終わりなきブラッシュアップ議論
並木:その後いよいよ教材制作が始まったわけですが、最初の設計段階から演出の細部に至るまで、何度も議論を繰り返しましたね。
横田様:私は以前から、労働安全教育には「見ておしまいにさせない教材」が必要だと考えていました。
現場では命に直結する事故があります。それを頭ではわかっていても、現場に行ったことのない人が自分ごととして実感するのは困難です。ただ文字でルールや事故の状況だけを説明するのではなく、受講者が労働災害に「リアルな危機感」を持てるよう、怖さや痛さをしっかり伝えることにこだわりました。
並木:私は現場を知らないので、横田様がおっしゃる「リアルな危機感」の具体をお聞きしたところ、「こういうことを伝えたいんだ」と思わず目を背けたくなるような事故の参考資料をご共有いただき、この教材の意義や目指すものの重要性を痛切に感じました。
しかし、資料をそのまま教材に載せるわけにはいきません。事故の怖さや痛さを教材でどう表現するかというのが最初の難題でした。
一方で、労働安全の考え方や事故発生時の対応などの知識面も詳細かつ正確に伝える必要があり、バランスが肝心です。教材のスタイルが固まらないまま、最初の1カ月が過ぎました。
横田様:そんな時に、何かいい表現手法はないかと動画サイトを見ていたら、AI音声で事故のニュースを解説しているアニメーション動画があり、「これだ!」と確信しました。
その動画を参考にシナリオ案を作成し、並木さんに送ったところ「これはわかりやすいですね!」と言っていただけて、シナリオベースで動画教材を制作していく方針が固まりました。
並木:そこからは横田様のシナリオ案に対して、何をどこまで伝えるか、共同でポイントを絞っていく作業が1〜2カ月ほど続いたと記憶しています。
若手社員向けと上位職向け、受講対象者ごとに学習のゴールを設定し、必要な情報を振り分ける作業も行って、教材のグランドデザインが出来上がっていきました。
横田様: その頃からようやく制作がスムーズに動き始めましたね。いわばケミストリーが生じていく感じで、ブラッシュアップ議論を重ねては互いの意見を教材に反映させていきました。
リアリティの追求により「自分ごと化」を促進
並木:一貫して「シンプルかつリアル」を追求する、横田様のぶれない姿勢が印象に残っています。横田様がそれほどまでにリアリティにこだわった理由は何だったのでしょうか?
横田様:やはり、危機感を持って「自分ごと化」してもらうためです。フォークリフトの動き方や救急車のサイレン、医療的な情報などの細部にも徹底的にリアリティを追求しました。少しでも現実との違いがあると受講者は「これは作り物だ」と感じてしまい、自分ごと化しづらくなってしまいます。
例えば、若手社員向けの教材では、設定を海外の工場にしたので、救急車のサイレンも世界各国の音を参考にして取り入れてもらいました。これも、海外の方に「日本人向けだから自分には関係ない」と思われないようにするためのものでした。
並木:上位職向けの教材で、高所からの落下事故の描写について何度も検討したことをよく覚えています。
この状況での事故ではどういう落ち方になるのか、事故の見せ方を何パターンか試作しました。また、誰の目線でどこから落ちてくる映像にするのか、地上からの目線や遠目などアングルにもこだわりましたね。
横田様:これには、ひとつの視点からではなく、多角的に事故を目撃することで、いつ、どんな状況で事故が起きるかわからないという危機意識を全社員に同じく持ってもらうための、リアリティの追求です。
私自身、現場で実際に数々の事故を見てきて、「明日は我が身」という思いで職務にあたってきました。全社員に同じ危機意識を持ってもらい、自分ごと化しやすくする狙いからこだわったシーンでした。とはいえ、凝りすぎると教材ではなく映画になってしまうので、ディテールをある程度大事にしつつ、教材としての意義を保てるバランスにも配慮しました。
<高所からの落下事故に関する解説画面>
並木:事故に対して、どんなアクションが正解か、どこが問題点なのかを考える教材なので、シナリオのどこで種明かしをするかのタイミングもかなり配慮したポイントですね。
横田様:解説するたびに同じシーンを何回も繰り返すと、飽きて集中力が下がってしまうので、どう入れ込むかが課題でした。見せたいシーンを一瞬挟むパターン、思い出したような描写で一瞬戻るパターンなど、いろいろ試しながら一緒に最適解を探っていきました。
リアリティのために情報を精緻化したい一方で、伝えたいことが明確になるようシンプルに見せたい。そんなジレンマとの戦いでしたが、ライトワークスさんの知見を伺いながら取捨選択を積み重ねることにより、受講者にとってわかりやすい教材ができたと思います。
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インパクトある仕掛けで受講者の記憶に残る研修へ
並木:さまざまな工夫を盛り込んだ教材が完成し、研修を開始されたわけですが、受講した社員の皆さんからはどのような反響がありましたか?
横田様:受講者アンケートでは、リアリティに対する評価が高かったですね。「事故の怖さを実感した」とか「フォークリフトと人が激突するシーンがどこでも起きうることだと思った」という評価で、実際にあのような現場で働いたことがない社員から感想を貰ったことは嬉しかったですね。
総じて「印象に強く残る教材のおかげで、改めて体系的に整理して理解できた」との意見があり、作った意味があったと感じています。
並木:私も受講者アンケートを拝見して「こういう教材が必要だった」「すごく助かるし、ありがたい」という言葉が並んでいるのを見て、本当に作って良かったなと思いました。
横田様:教材の導入前は、当社が「安全な職場環境の確保」を重要社会課題の中期目標に掲げていることは認識していても、実際、グループ会社での労働災害情報に接点がある社員はそう多くはなく、労働災害に関心を持つ機会があまりなかったという状況でした。安全第一ということは常識として理解できても、身近で労働災害が起きていない以上想像が難しく、自分に置き換えて考えることができなかったのだろうと思います。
しかし今回のeラーニング教材を導入したことで、労働災害に対する理解が深まり、社員から「自分たちが事故にあわないためにどんな対策があるのか」「これは労災に該当するか」といった問い合わせがくるようになりました。全社的に安全や防災へのマインドセットが定着しつつあるのを感じています。
並木:教材の最後のシーンも、社員の皆さんから好評だと伺いました。横田様が作業服姿で「ご安全に!」とおっしゃる、インパクトの強いラストに仕上がっています。
最後にご本人が登場するのは受講者に紹介するのが狙いだったのですが、横田様のアイデアが教材のアクセントになり、受講者に印象を残す良い仕掛けになりましたね。
横田様:「ナビゲーターで出てきたアニメの横田さんが、最後にリアルで登場するのは予想外だった」という感想は、ちょっと恥ずかしいものではありましたが、強烈なインパクトを与えられたので、一度見た人は忘れられないみたいですね(笑)。見終わった後でも教材を覚えておいてもらうことは重要なので、そこに少しは貢献できたかなと思っています。
よりグローバルな安全衛生教育を目指して
並木:今後、どのように労働安全教育を展開させていきたいと考えていますか?
横田様:次は海外の教育にも力を入れることを考えています。海外の場合、現場で実際に働くグループ会社の役職員や外部委託業者の方の中には、大学のような高等教育を受けられず義務教育のみという方も珍しくありません。しかし、文字が読めなくても映像なら見て理解可能です。
まずは海外向けの教材として英語版を開講し、現地で働く従業員の反応を見てブラッシュアップを行いながら、必要に応じて英語以外のマルチ言語対応の導入も検討していきたいと考えています。
並木:横田様の中には、まだまだアイデアがたくさん眠っていますよね。制作中もどんどんアイデアを出していただけるので、どう表現するかを提案しながら形にしていくやり取りがすごく楽しかったです。
最後に、今回の教材制作プロジェクトの総括をお願いします。
横田様:ライトワークスさんは教材制作の歴史が長い会社ですが、「うちはこのやり方で長年やってきたので」などとスタイルを押しつけられたことは一度もありませんでした。さすがに無茶振りかなと思う要望でも、「ちょっと考えます。1週間ほどいただけますか」と、なんとか形にしようとチャレンジし続けてくれました。
そんな姿勢で取り組んでいただいたからこそ、思い描いていたビジョンを達成できたと考えていますし、教材の仕上がりにも大変満足しています。今後もリアリティと教育コンテンツとしての高い完成度の両方を兼ね揃えた教材を制作していきたいと思っているので、引き続き、良きパートナーとしてよろしくお願いします!