近年、ランサムウェアによる被害は深刻化しています。サプライチェーン攻撃によって、自社だけでなく取引先にも影響が及び事業継続が困難になるケースも少なくありません。
その多くは、巧妙な標的型攻撃メールが侵入経路です。
この脅威に対し、多くの企業で「標的型攻撃メール訓練」が実施されています。しかし、人材育成や情報セキュリティ担当者の中には、「本当に効果があるのか」「開封率が下がっただけで安心できるのか」といった疑問や悩みを抱えている方も多いでしょう。
サイバー攻撃が巧妙化し続ける中で、従業員の意識と対応力を高める標的型攻撃メール訓練はますます重要になっています。しかし、やり方を間違えると「また訓練メールか」と飽きられ、セキュリティ意識も育たない結果となってしまいます。
この記事では、標的型攻撃メール訓練の効果測定やマンネリ化に悩む担当者の方へ、訓練を単なるイベントで終わらせず、組織のセキュリティレベルを本気で引き上げるための具体的な方法を、最新の知見を交えて解説します。
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AIで要約
- 巧妙化する攻撃メールには、最新システムだけでなく「人の意識」向上が不可欠
- 効果測定のKPIは開封率でなく、被害拡大を防ぐ「報告率・報告時間」に見直す
- 訓練のマンネリ化を防ぎ、PDCAと継続学習で「報告を称賛する文化」を醸成する
訓練の成否を分けるポイントは「PDCAサイクル」と「従業員の意識変容」
標的型攻撃メール訓練の成否を分けるポイントは、訓練を「実施して終わり」にしないことです。
多くの担当者が「開封率」「クリック率」といった数字に一喜一憂しがちですが、それだけでは不十分です。
最も重要なのは、計画 → 訓練 → 分析 → 改善というPDCAサイクルを回し続けること、そして、それを通じて従業員一人ひとりのセキュリティ意識と行動を変えることです。
訓練のゴールは、怪しいメールを開かないことだけではありません。万が一、開いてしまった(あるいは、開く前に怪しいと気づいた)際に、定められたルールに基づき、即座に適切な報告ができるか。ここまでを習慣化させることが、インシデントの被害を最小限に食い止めるポイントとなります。詳しく見ていきましょう。
なぜ今、標的型攻撃メール訓練がこれほど重要なのか?
改めて、訓練の重要性を確認しましょう。技術的なセキュリティ対策が進歩しても、攻撃者はその網をかいくぐり、「人」の心理的な隙を突いてきます。
脅威の現状:巧妙化する攻撃と深刻な被害
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発表した「情報セキュリティ10大脅威 2025(組織編)」では、「ランサム攻撃による被害」(1位)、「サプライチェーンや委託先を狙った攻撃」(2位)、「機密情報等を狙った標的型攻撃」(5位)などが、長年ランクインし続けています。
これらの攻撃の多くは、日常業務に紛れ込んだ標的型攻撃メールを起点としています。業務連絡、請求書、荷物の配送通知など、手口は年々巧妙になり、AIを用いて本物と見分けがつかないような自然な日本語のメールが使われるケースも増えています。
従業員の役割:技術的対策を補うヒューマンファイアウォール
最新のセキュリティシステム(EDRなど)を導入しても、すべての攻撃を100%防ぎきることは不可能です。最後の砦は、攻撃メールを受信する「従業員」です。
従業員一人ひとりが「怪しい」と気づき、適切に行動すること。彼らが技術的対策を補う防御ライン(ヒューマンファイアウォール)として機能することが、組織を深刻な被害から守るために不可欠なのです。
訓練の真の目的
したがって、標的型攻撃メール訓練の真の目的は、以下の3点に集約されます。
- 見抜く力の向上:巧妙化する攻撃メールのパターンを学び、危険を察知するリテラシーを高める。
- 正しい初動対応の習慣化:「怪しい」と感じた時、あるいはクリックしてしまった時に、パニックにならず、隠蔽せず、即座に情報システム部門やセキュリティ担当窓口へ報告する行動を徹底する。
- 組織的な意識の底上げ:「セキュリティは誰かがやること」ではなく「自分事」であるという文化を醸成する。
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標的型攻撃メール訓練の担当者によくある悩みと解決策
企業で標的型攻撃メール訓練を継続する場合、様々な壁にぶつかることでしょう。ここでは、担当者が抱えがちな悩みと、その具体的な解決策を提示します。
悩み1:効果測定が難しい
標的型攻撃メール訓練において、開封率やクリック率をKPIに設定したために、訓練の効果が見えにくくなっているケースが散見されます。
解決策:訓練のKPIを「報告率」と「報告時間」に見直す
標的型攻撃メール訓練において重視すべきは、怪しいメールを受信した従業員が、どれだけ「報告」してくれたか(報告率)、そして、受信から報告までにどれだけ時間がかかったか(報告時間)です。
インシデント対応は時間との勝負です。迅速な報告こそが、被害拡大を防ぐ最大の貢献であることを周知しましょう。
訓練前後のアンケートで従業員の意識変容(訓練前後のアンケートで測定)や、実際の(訓練メール以外の)インシデント報告件数が増加傾向にあるか、なども併せて評価しましょう。
悩み2:訓練の手口がマンネリ化して飽きられている
毎年同じような文面、同じようなタイミングでは、従業員も慣れてしまいます。
解決策:シナリオと手口に「現実味」と「多様性」を持たせる
- 最新手口の反映:IPAの「情報セキュリティ10大脅威」 などを参考に、実際に観測されている最新の攻撃手口(例:求人応募を装う、パスワード付きZIPファイル、QRコード(クイッシング)など)をシナリオに反映させましょう。
- 業務との関連性:経理部には「請求書」、人事部には「履歴書」など、部署の業務内容に合わせたリアルなメール文面で現実味を持たせましょう。
- 難易度設定:差出人で実在人物・部署を偽装するなど見分け方が難しいものと、基礎的なもの(例:明らかに不審な送信元アドレス)を混ぜるなど、難易度にメリハリをつけてマンネリ化を防ぎましょう。
- 手法の多様化:メールだけでなく、SMS(スミッシング)やビジネスチャットツールを使った訓練も検討価値があります。
悩み3:参加率が低い、真剣に取り組んでくれない
防災訓練と同様に、まだ起きていない被害に備える「訓練」は、どうしても真剣味が不足しがちです。「どうせ訓練でしょ」という空気を変えるには、経営層のコミットメントが不可欠です。
解決策:トップの関与と丁寧な目的共有
- 経営層からのトップメッセージ:訓練の重要性や、情報セキュリティが経営課題であることを、経営トップの言葉で発信してもらいましょう。
- 目的の丁寧な周知:なぜ標的型攻撃メール訓練を行うのか、その目的(全員で組織を守る練習をすること)を、訓練実施前に丁寧に説明しましょう。
- 健全な競争意識:当社でも実際に行なっている方法です。標的型攻撃メール訓練における部署別の結果(報告率など)を公表し、セキュリティ意識の高い部署を表彰するなど、全社的な取り組みとしてポジティブな形での競争意識を促すことも有効です。(ただし、個人の吊し上げにならないよう配慮が必要です)
悩み4:訓練後のフォローアップが分からない
訓練は「やりっぱなし」が最も危険です。結果のフィードバックとフォローアップこそが、標的型攻撃メール訓練の効果を最大化します。
解決策:訓練結果を全社/個人の「学びの機会」とする
- 全体傾向のフィードバック:全社および部署別の傾向(開封率、報告率、昨年度比較など)を共有し、課題を可視化します。
- 対象者別フォロー(適切に報告できた者):なぜ報告できたのか、その行動がどれほど重要かを称賛し、組織全体の模範とします。
- 対象者別フォロー(クリック/未報告者):「なぜ引っかかったのか」「なぜ報告が必要なのか」を理解してもらうための追加教育(eラーニングなど)を実施します。このとき「罰としての教育」ではなく「次に活かすための学び」であることを強調しましょう。
- 手順の再周知:インシデント発生時の正式な報告手順 を、この機会に再度周知徹底します。
悩み5:訓練のせいで、業務に支障が出ている
標的型攻撃メール訓練を実施したことで、「怪しいメール=すべて訓練」と従業員が思い込み、本物の攻撃メールを「また訓練か」と無視したり、逆にすべてのメールを疑って業務が停滞したりするのは本末転倒です。
解決策:報告を称賛する文化を醸成する
- 目的の再確認:訓練の目的は「従業員を試すこと」や「間違いを罰すること」ではなく、「全員で組織を守る練習をすること」であると繰り返し伝えましょう。
- 「報告=善」の文化:たとえそれが訓練メールや問題のないメールであっても、「怪しいと思って報告してくれてありがとう」と、報告行動そのものを称賛する文化を作ることが重要です。報告を重ねることで、怪しいメールを見分ける力も向上していきます。
効果的な標的型攻撃メール訓練の進め方:実践的PDCAサイクル
効果的な訓練は、以下のPDCAサイクルに基づいて計画・実行されます。
Plan(計画)
- 目的とKPIの明確化:「インシデント発生時の報告率80%以上、報告時間1時間以内」など、具体的な目標を設定します。
- 対象者と範囲の決定:全従業員対象か、特定の部署・役職か。
- リアルなシナリオ作成:悩み2で挙げたように、最新の手口や業務関連性を考慮したシナリオを作成します。
- 実施時期・頻度の設定:業務の繁忙期を避けつつ、抜き打ちで実施します。頻度は年1回では少なすぎるため、最低でも年2回、あるいは四半期に1回など、組織の実情に合わせて設定します。
- ツール/サービスの選定:訓練メールを自社で作成・実行するか、専門の訓練サービスを利用するかを決定します。
- 社内への事前告知:具体的な日時は伏せた上で、「訓練を実施する」こと自体は周知します。目的や報告手順を事前に説明しておくことが重要です。
Do(実施)
- 計画に基づき訓練メールを送信します。
- 従業員の行動(開封、クリック、報告、削除など)を正確に記録・計測します。
- 報告窓口(ヘルプデスクなど)では、訓練報告と実際のインシデント報告を切り分けられるよう準備します。
Check(評価)
- 結果データを集計・分析します。
– KPI(開封率、クリック率、報告率、報告時間)の達成度。
– 部署別、役職別、過去の訓練結果との比較分析。
– 報告内容の質(「怪しい」と気づいたポイントは的確かなど)。
- なぜクリックしたのか、なぜ報告しなかったのか(あるいは、なぜ報告できたのか)の要因を分析します。
Act(改善)
- 分析結果に基づき、次回の訓練計画に反映させます(シナリオの難易度調整、対象者の見直しなど)。
- 悩み4で挙げたフォローアップ施策(追加教育、手順の再周知)を実施します。
- 訓練結果から「報告手順が分かりにくい」「報告窓口が不明確」といった運用上の課題が見つかれば、インシデント対応プロセスそのものを見直します。
- 結果と改善策を経営層に報告し、継続的な取り組みへの理解と支援を得ます。
訓練効果を持続させる「分散学習」のススメ
年1回の訓練と研修だけでは、残念ながら人の意識は持続しません。研修直後は高く維持されていたセキュリティ意識も、時間が経つにつれて薄れてしまいます。
ここで重要なのは、継続的な学習です。脅威の手口は日々進化しています。それに対応し続けるためには、訓練のような「たまにあるイベント」だけでなく、日常的なセキュリティ意識のインプットが必要です。
そこでおすすめしたいのが、分散学習(マイクロラーニング)という考え方です。一度に長時間の研修を行うのではなく、「3分で学べる最新の攻撃手口」「セキュリティクイズ」といった短時間で学べるコンテンツを、定期的(隔週、月イチなど)に従業員に配信する手法です。
ライトワークスの「ラーニングハブ for セキュリティ」のようなサービス は、こうしたマイクロコンテンツの提供と訓練プラットフォームを組み合わせ、従業員が継続的に学び、意識を高く維持できるよう設計されています。
標的型攻撃メール訓練と、こうした日常的な分散学習を組み合わせることで、一過性ではない、強固なセキュリティ意識を組織に根付かせることができます。
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まとめ
標的型攻撃メール訓練は、巧妙化するサイバー攻撃から組織を守るための極めて重要な施策です。しかし、マンネリ化し「やっただけ」になってしまっては、コストと時間の無駄遣いになりかねません。
効果的な訓練の実施には、以下の点が不可欠です。
- 明確なKPI(特に「報告率」)に基づいたPDCAサイクルを回し続けること。
- 訓練後のフォローアップ(学びの機会の提供)を徹底すること。
- 従業員一人ひとりの意識と行動を変え、「報告を称賛する文化」を醸成すること。
- 訓練だけでなく「分散学習」などを取り入れ、継続的に意識を維持する仕組みを作ること。
まずは、自社の標的型攻撃メール訓練のKPIを見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。この記事が、皆様の組織のセキュリティレベルを一段階引き上げるための一助となれば幸いです。
参考)
独立行政法人情報処理推進機構「情報セキュリティ10大脅威 2025 解説書(組織編)」,2025年2月公表,https://www.ipa.go.jp/security/10threats/eid2eo0000005231-att/kaisetsu_2025_soshiki.pdf(閲覧日:2025年8月30日)

