社員が自ら自律的に行動し、自分らしいキャリアを実現していく「キャリア自律」の実現を支える組織文化についてお伝えする本シリーズ、今回は「公正」について考えてみましょう。
かつて日本企業で主流だった年功序列は、年齢という明確な基準に沿って昇給・昇格が行われる、ある意味で分かりやすく公正な仕組みでした。そこには「同じ年次なら同じように扱われる」という安心感がありました。
しかし、個々人が自律的にキャリアを形成するとなると、成長のスピードも挑戦の方向も一人ひとり異なり、単一の物差しでは測れなくなります。
そのような世界での「公正」とは具体的にどういうことかを改めて考え直し、社員全員がその認識を共有して、それに基づいた行動をとることが求められます。そうした公正な考え方や行動を制度と運用の両面から担保することが、個人と組織の持続的成長の土台となります。
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本シリーズでは、社員が自ら自律的に行動して自分らしいキャリアを実現していく「キャリア自律」を促す組織文化の構築の重要性をお伝えしています。キャリア自律にプラスの効果を及ぼしうる組織文化のひとつとして、今回は「成長マインドセット」に[…]

この記事の著者
八木香(ビジネスコンサルタント)
株式会社パラスアテナ 代表取締役
i-PRO株式会社 社外取締役
AIで要約
- 制度を明文化し、全員が平等に挑戦できる環境が自律の土台となります。公募や研修の機会均等と、不利益を生まない透明な運用が必須です。
- 評価の納得感は「手続的公正」で決まります。一貫した基準と対話を徹底し、主観を排したプロセスが社員の自律的な成長を加速させます。
- 過保護な偏見を排し、あえて修羅場を経験させる勇気を。丁寧に意図を伝え支える「相互作用的公正」が、離職を防ぎ挑戦を促すポイントです。
社員の挑戦を促す制度の公正さ
キャリア自律を後押しする代表的な制度が、社内公募制度や手挙げ式の研修制度です。
いずれも社員個々人が自分で選ぶことを前提とした仕組みで、すでに制度を設定している企業も少なくないと思います。これらの制度を公正に運用するためには、どんな点に留意するとよいのでしょうか。
社内公募制度
社内公募制度は、所属部署とは異なる業務への挑戦や上位ポストへの応募を可能にする、自律的キャリアの象徴ともいえる制度です。制度設定にあたり、応募要件や選考基準を明確かつポストによるばらつきがないよう設定し、全社員に均等に開示することは言うまでもありません。
その上で、運用する際には、応募したい人が遠慮なくチャレンジできる状態を保証することが重要です。
応募したという事実が本人の不利益にならぬよう、その情報は本人・募集部署・人事部以外に決して漏らさない、応募者が合格したら現所属部署は基本的に無条件に承諾する、といったルールを明文化し、徹底させるのです。
現所属部署が人材流出を防ごうと圧力をかけたり、また募集部署も摩擦を恐れて内定を取り消したりすると、制度は一気に形骸化します。ここでは、決められたルール通りに運用するという、もっとも基本的な公正さが求められます。
社内公募は、個々人の潜在力のさらなる発揮と人材流動化による組織活性化に役立つ仕組みであり、トップや人事部がその意義を全社に周知徹底させることが重要です。
特に、自部署の損失にはなるけれども会社全体にとってプラスだという全体最適の考え方や、優秀な人材を部署内に惹きつけておくべく積極的に成長機会を提供するといった発想の転換を促すことが肝要です。
手挙げ式の研修制度
手挙げ式研修制度は、人事部が多様な研修プログラムを用意し、社員が自主的に選択して受講する仕組みです。これもまた個々人の自律性を重んじますが、ここで問われるのは「機会均等」という意味での公正さです。
研修情報がイントラネットに掲載されているだけで、本当に機会は均等でしょうか。たとえば、外勤中心の社員はネットアクセスが少ない分、情報をキャッチしづらいかもしれません。また、時短勤務社員や在宅勤務をメインとする社員にとって、開催日時や場所の設定次第では実質的に参加が困難な場合があります。
できる限り全社員に平等に機会を提供するには、対面受講とオンライン受講のハイブリッド開催・アーカイブ視聴の整備・業務時間内受講の原則化などの工夫が不可欠です。そこで初めて、誰もが挑戦のスタートラインに立つ公正な環境が整うのです。
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評価の公正さ
どれほど挑戦を促しても、その結果や努力が公正に評価されなければ、自律的行動は長続きしません。評価制度の拡充は、キャリア自律の大前提です。
まず重要なのは、本人にアサインされた通常業務に対する業績評価と、本人のキャリア自律行動に対する成長評価を区分して考えることです。
前者だけでなく、自分の「マイ・パーパス」(※第1回参照)実現に向けた短期目標(※第3回参照)の作成と実践状況を評価対象に含め、その配分も明確にします。
配分については、部署の目標達成に対する責任が重いメンバーは業績評価の割合が高く、ジュニアな社員は成長評価の方が高いというように、経験やポジションによって変わるはずです。
業績評価と成長評価の割合の目安を職位・職階レベルごとに設定することが、オープンで公正な評価のベースとなります。
次に、評価の仕方については、特にキャリア自律のための行動目標は定性的になりがちで、評価しづらい場合があります。
例えば「業務の優先順位付けを単独で行える状態になる」という定性目標の場合、期初に「ゴールが10点なら現時点の自分は何点か」本人に自己採点してもらう方法があります。期末には、そこから何点アップしたか、本人と上長がそれぞれ評価してすり合わせます。
主観的ではありますが、ゴールまでの距離感と成長度合いを数値化することで、本人の成長実感や上司との認識共有にプラスに働くと思います。
いずれにしろ、評価者もその対象者も人である以上、誰にとっても絶対に公正だと言い切れる評価は実現困難です。そこで重要なのが「手続的公正」です。
「手続的公正」とは、結果(ここでは、本人に対する評価)自体ではなく、その結果が導き出された意思決定プロセスが公正だと本人が認知することです。私たちは、たとえ結果そのものに100%満足していなくても、プロセスが公正だと思えれば、結果に対する納得感が得られるものです。
手続的公正を高める基本ルール
手続的公正を高める基本ルールと、具体的に人事部がとるべき施策として、以下の4点を挙げておきます。
ルール1:一貫性:全社員に同じルールを適用する
評価基準や評価プロセスを明文化し、社内ポータルサイトなど、全社員がいつでもアクセスできる場所に開示するとともに、定期的にプッシュ式でリマインドして周知徹底を図ります。
ルール2:正確な情報:評価者が正しい情報に基づいて判断する
1on1面談を定期的に行ってもらい、日頃から対象者をよく観察し、事実情報に基づいた状況認識を本人とすり合わせるよう、評価者を促します。
ルール3:偏見の抑制:評価者が対象者への偏見を持たず、中立的に判断する
評価者に対してバイアス防止研修などを行うとともに、複数の評価者で評価結果についての議論・調整、目線合わせを行う「キャリブレーション」を導入し、属人化を防ぎます。
ルール4:修正可能性:決定に対する異議申し立てや修正の機会を提供する
評価は、一方的通達ではなく面談などを通じて行ってもらいます。評価者は評価結果とその理由を述べ、本人の質問や反論を受け入れ、納得いくまで丁寧に説明するプロセスを制度に組み込みます。
OJT学習・経験機会の公正さ
言うまでもなく、私たちは現場経験を通じて成長し、キャリアを積み重ねていきます。
業務に必要なスキルや課題解決力のような認知能力はもちろん、目標達成に向けてやり抜く力やレジリエンスなどの非認知能力を育むのは、いわゆる「修羅場」と呼ばれるような困難な状況に直面したときです。
社員のキャリア自律を促すには、あえて「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」を敢行することも重要です。その際注意しなければならないのは、「プレッシャーをかけすぎたらつぶれてしまうかも」「失敗したらかわいそうだから別の経験者に任せよう」といった配慮が、本人にとってのせっかくの成長機会を奪ってしまうことです。
これは、「慈善的(好意的)差別」と呼ばれているものです。
実例を挙げると、ある研修で、B2Bメーカーの男性管理職の方から「客先での修理作業では、客から『直るまで帰るな』など厳しい要求をされるため、女性社員は派遣できない」と言われ、「なぜできないんですか?」と質問したことがあります。はたと考え込まれた男性に、女性管理職の方が、こんなふうに説明してくださいました。
-経験は不足していても、優秀な女性はそれなりに昇進できる。
-その結果、一定のポストに就いて初めて、いきなり大きな「修羅場」に直面する。
-そこで立ち往生すると、「やはり女性は…」となり、無意識の偏見が助長される。
男性管理職一同、「女性には無理だろう」という無意識の偏見が男女間の経験格差を生み、さらにネガティブスパイラルを描くことに気づかれた貴重な瞬間でした。
女性活躍推進をはじめとするダイバーシティ経営の重要性への認識が高まってきた今日でさえ、公正な機会提供が知らぬ間に損なわれることが少なくありません。
このことを肝に銘じ、職場におけるマイノリティ(女性、若者、外国人、障害者など)に対して「慈善的(好意的)差別」をしていないか、組織の全員で意識してお互いに指摘し合うことが肝要です。
一方で、「慈善的差別」を排しあえて困難な場に送り出す際、なぜその経験が必要なのか、会社として何を期待しているのかを丁寧に説明しなければ、「面倒な業務を押し付けられた」という被害者意識を抱くかもしれません。
そこで重要になるのが、「相互作用的公正」という考え方です。
これは、所属組織の経営陣や上司から「一人の人間として尊重され、適切な情報提供や説明責任を果たしてくれている」と部下が感じること、言い換えればコミュニケーションの質・量や内容に関する公正感です。
社員が「相互作用的公正」を感じていると、組織との一体感が高まり、所属することが自尊心の高揚につながる、ということが組織心理学の実証研究で確認されています。
「修羅場」を経験させる際、上司がその意図をきちんと説明し、「失敗したときは私が責任をとる」とサポートの意思を明確に伝えます。そうすれば、部下は「自分は成長を期待され、公正に扱われている」と確信できます。
このような相互作用があって初めて、社員が自律的にチャレンジする文化が醸成されるのです。
キャリア自律の促進が社員の離職につながるのでは、という懸念については、第1回でも言及しました。
たしかに、部下の成長の糧となるような現場経験の機会を積極的に提供することで、部下は自律的にキャリアを切り開く実力を身に付け、他社への転職も視野に入れ始めるかもしれません。
しかし、丁寧なコミュニケーションを通じて信頼関係を築き、部下の「相互作用的公正」感、ひいては所属意識を高められれば、転職という選択肢より、今の組織でどうキャリアを発展させたいか、という発想につながるのではないでしょうか。
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結び
社員を公正に処遇することは、キャリア自律はもちろん、組織経営の基本です。
人材の多様化とそれに伴う価値観の多様化が進む中、「公正」という言葉が同床異夢にならぬよう、それぞれの制度とその運用上の公正さを明確にして社内で共有することが大切です。
これが、全社員が安心して自分らしいキャリアを形成していく土台となるでしょう。
参考)
関口倫紀・林洋一郎「組織的公正研究の発展とフェアマネジメント」,『経営行動科学』, 第22巻第1号, 2009, P1-12.
余合淳「組織的公正理論の課題と理論的展望-公正な人事管理に向けて―」,『岡山大学経済学会雑誌』, 第47巻第2号, 2016, P187-203.
Lind, E. A. & Tyler, T. R. The generality of procedural justice , The social psychology of procedural justice , 1988.


