キャリア自律を育む組織文化(2)成長マインドセット

本シリーズでは、社員が自ら自律的に行動して自分らしいキャリアを実現していく「キャリア自律」を促す組織文化の構築の重要性をお伝えしています。

キャリア自律にプラスの効果を及ぼしうる組織文化のひとつとして、今回は「成長マインドセット」について考えていきます。

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前回、「キャリア自律」を推進していく際には、それと逆行するような固定観念に気付き、そこから脱却して新しい組織文化を築いていく覚悟が必要だと指摘しました。それでは、「キャリア自律」を育む新しい組織文化とは、どんなものなのでしょうか?[…]

キャリア自律を育む組織文化(1)個々人とその自律性の尊重

AIで要約

  • キャリア自律の核となる「成長マインドセット」は、能力を努力で伸ばせると信じる姿勢です。他者比較を捨て、過去の自分を超える視点を持つことが個人の爆発的な成長を促します。
  • 失敗を糧にする「心理的安全性」が挑戦を支えます。ミスを学びと捉える文化を醸成し、減点方式ではなく挑戦のプロセスを評価することで、組織全体の変革マインドが劇的に高まります。
  • ストレッチアサインメント等の実戦的な人事施策を導入しましょう。適切な「背伸び」の機会を提供し続ける仕組み作りが、社員の自律性と組織の競争力を同時に高める最短ルートです。

この記事の著者
八木香(ビジネスコンサルタント)
株式会社パラスアテナ 代表取締役
i-PRO株式会社 社外取締役


「成長マインドセット」とは

「成長マインドセット」とは、スタンフォード大学心理学部のキャロル・S・ドゥエック博士が提唱した概念です。簡単にいうと「人間の能力は努力次第で伸ばす=成長させることができる、という信念に基づいて『挑戦し続けよう』と考え、行動する姿勢」のことです1

もう少し具体的に、3つのキーポイントをご説明します。

それぞれのキーポイントについて、キャリア自律を促すマネジメントの立場として留意すべきコツについても、併せてお伝えしていきます。

(1)能力は努力次第で伸ばすことができ、誰もが無限の成長の可能性を持っている

私たちは、優秀な人を見ると「あの人は天才だから」「持って生まれた才能が違う」など、能力はその人の天性で決まると思いがちです。

たしかに、天性の才能というものはありますが、それだけではありません。例えば、野球のイチロー選手が、スタープレイヤーになっても毎日素振りを百本続けていた、というのは有名な話です。天才とて、その能力を存分に開花させるには、毎日の努力が欠かせないのです。

子供の頃や社会人になりたての頃なら、毎日新しいことを学ばないといけないので、いやが応でも努力をし、必然的に自分の能力やスキルの成長を実感する機会が数多くあります。

ところが、仕事の経験値が上がるにつれ、「努力しなくても出来る」ことが増えます。それはそれで望ましいことですが、その分どうしても成長実感が減ります。やがて「もうこの歳では成長する余地がない…」と思い、努力そのものをしなくなり、自分の可能性に蓋をしてしまいかねません。

そうなってしまった人に、これからの自分のキャリアを主体的に考え、自律的に行動しよう、と働きかけても、糠に釘。「今のままでいいです」「特に新しいことがやりたいわけじゃないし」「この歳になると、気力も体力もありませんから」などと言われるのがおちでしょう。

従って、まずは「誰もが無限の成長の可能性を持っている」「地道に努力を続けることで能力を伸ばし、“パフォーマンス”をアップさせ、成長し続けられる」ことを認識してもらうことが大切です。

高齢者でも筋トレを続ければ筋力を保てるのと同様、脳みそも鍛え続ければ一定の機能を維持向上できることは、脳科学で証明されている2、と伝えましょう。

ここでの“パフォーマンス”とは、営業成績を上げるとか昇進昇格するといったことだけではありません。第1回でお伝えしたように「自分らしさ」をより発揮し、「自分が大切にしている価値観を体現する」という意味であることへの理解も、併せて促しましょう。

(2)他者ではなく昨日の自分を成長の物差しにする

「あの人は努力しなくても、よい結果を出せるのに、自分は…」

「自分がどんなに努力して頑張っても、しょせんあの人にはかなわない…」

他者との比較による自分の努力や可能性への疑問、そしてそこから生じる劣等感や自己卑下は、成長マインドセットの大敵です。

キャリア自律とは、あくまでもその人の「自分らしさ」を発揮できるキャリアを切り拓いていくことなので、他者との比較には意味がありません。自分の理想のロールモデルとして、「〇〇さんのようになりたい」と思うことはあるでしょうが、それをどうやって実現するか、具体的なプロセスやスピードは人それぞれです。

従って、他者との比較ではなく、昨日の自分との比較、つまり今日の自分が昨日と比べてどれだけ変わったか、を物差しにすることが、成長マインドセットを維持し、めげそうになっても努力を続けるコツです。

例えば、体重計ダイエットは毎朝体重を量るだけですが、昨日1万歩歩いたのに体重が全く同じだったら「もっと運動が必要かも」と気づけるし、100gでも減っていれば「この調子で頑張ろう」と励みに、もし増えていたら「何が原因か」と考えるきっかけになります。

このように、少しの変化、あるいは変化していないことに気づいたこと自体を「成長」とみなして次の行動につなげることで、真の成長が達成できるのです。

社員のキャリア自律を促すには、第1回でお伝えしたその人自身の「パーパス」を作ってもらった上で、その実現に向けた半年~1年の短期目標を設定します。そして、その進捗を「昨日の自分」と比較する、つまり定期的に振り返る、というサイクルを回すサポートが効果的です。

振り返りのタイミングは、体重のように1日単位ではなく、3カ月~半年ごと、もしくは年に1度くらいのペースが適切でしょう。

(3)失敗から学ぶ、他者から学ぶ

成長マインドセットを妨げるもう一つの考え方が、「べき論」です。

特に優秀な人ほど、「常に優秀であるべき」「完璧であるべき」「失敗は避けるべき」といった考えが強すぎて、失敗の可能性のある高い目標にはあえてチャレンジせず、結果的に現状の殻を破れず停滞してしまうことも少なくありません。しかし、アメリカの自動車王、ヘンリー・フォード氏が述べたように、本当の失敗とは、失敗から何も学ばないことです。

また、最近の「タイパ(=タイムパフォーマンス)」を重視する傾向が、報われる保証がない努力は時間の無駄だからやらない・やりたくない、という一種の「失敗回避」の考え方の源にあるように思われます。

タイパを重視するのであれば、「失敗した他者から学ぶ」のが、手っ取り早い方法でしょう。

組織として考えた場合、メンバー一人ひとりが失敗から学び、かつその学びをメンバー同士で共有することが、組織全体の成功確率アップに有効です。「他者から学ぶ」ことこそが、1+1を2以上にする秘訣であり、組織の醍醐味といえましょう。

キャリア自律の文脈でいえば、一人ひとりのパーパスは違えども、実現の仕方に関して他者から学べる点は多いはずです。そして何より、他者が頑張っている姿自体が大きな刺激となり、「〇〇さんも頑張っているのだから自分も頑張ろう」と思えるものです。

他者は、それぞれが自分らしく成長していく上でのアドバイザーであり、励まし合う仲間なのです。成長マインドセットにおいては、上述の「他者との比較を物差しにしない」というポイントと合わせ、他者の存在が大きな意味を持ちます。

ということで、キャリア自律においても、「失敗から学ぶ」「他者から学ぶ」ことの大切さをしっかり認識してもらうこと、そして「他者とそのプロセスを共有する」場を設けることが有効です。

ここで重要なのは、「心理的安全性」を確保すること、すなわちマネージャーが「失敗は成功の糧」という考え方を周知させ、失敗とそこからの学びを他者に開示する勇気を称え、皆で見習うよう奨励することです。それがあって初めて、メンバーが安心して失敗し、学び合う文化を醸成していくことができるのです。

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「成長マインドセット」を醸成するための人事施策

それでは、企業として、特に人事部門として何ができるのでしょうか。

重要なのは、「成長マインドセット」を「個々人の意識改革」に矮小化して個人任せにせず、組織的に成長マインドセットを育むための仕組みづくりを進めることです。

以下に施策例を3つ挙げます。

(1)ストレッチアサインメント

成長マインドセットは、「(ちょっと難しいと思ったことも)やればできる」という実体験を積むことで育まれます。簡単に達成できそうな目標ではなく、また絶対できそうにない高すぎる目標でもなく、現時点の能力よりやや高いレベルの目標を設定して達成努力を重ねることがキーとなります。

MBO(Management by Objective)などでは、この考え方に基づいて、期初に役割や業務課題を設定していると思います。従って、MBOフォーマットに個々人のパーパス/キャリア実現に向けた行動計画の項目を加え、本人と上司にパーパスを意識した目標を、通常業務と関連付けて設定してもらうとよいと思います。

その際、人事から現場に周知徹底する留意点として、以下の3点を挙げておきます。

  • 留意点1:個人のパーパスが現状の役割と距離がある場合でも、どんな業務スキルや経験がそのパーパスにつながりそうか、上司と本人が協力して考える。
  • 留意点2:行動計画は定性的になりがちで、進捗・達成の測定指標の設定が難しい。しかし、上述のように「昨日(過去)の自分」を物差しにして、本人の主観や上司の観察によって判断する、という方法を許容する。
  • 留意点3:上司が日頃の本人の業務遂行態度や行動をよく観察して、都度小さな変化を指摘し、努力の継続を促すことが、本人にとって大きな励みになる。

人事は、こうした上司の「観察とフィードバック」のスキル向上を支援するとともに、それを実践する管理職自身が評価される文化を作っていくことが求められます。

(2)部門横断プロジェクトの推進

自分らしいキャリアを切り拓いていくには、視野を広げて現在の業務以外の仕事にも目を向け、より自分らしさを発揮できる機会や自分の潜在力を解き放つ可能性を探ることが大切です。

大企業の場合、特に若手社員は、他にどんな部署/業務があるか知る機会が意外に少なく、キャリアのイメージを狭く捉えがちです。部門横断プロジェクトへの参画は、そうした限界を打ち破る絶好の機会です。

通常こうしたプロジェクトは、実務部隊が業務上の必要から立ち上げることが多いでしょう。人事部門でも、例えば「現場でのDE&I推進プロジェクト」のようなテーマで、多様な部門から属性の異なるメンバーを募ってみてはいかがでしょうか。

異なる専門領域や価値観を持つ人同士の協働機会を意識的に設定することで、社員一人ひとりの視野拡大とキャリア自律促進はもちろん、他者から学ぶ文化を組織全体に広げる効果が期待できます。

(3)副業・兼業の解禁や社外活動の支援

自分のスキルや経験の幅を主体的に広げる手段として、副業・兼業を許容する会社が増えています。ボランティアなど仕事以外の活動への参加も、個人にとって貴重な経験となります。

そうした経験を通じて、自分の強みや課題への気づきや、通常業務では得られない成長が可能となります。社内だけでなく社外にも視野を広げることは、キャリア自律を促す上でも有用です。

デメリットとして、本業がおろそかになる、休日も別の活動に費やして過労になる、副業先への転職という会社の戦力喪失リスクがあるなどが挙げられます。

最初の2点は、制度設計上の工夫で一定の歯止めをかけられるでしょう。3点目については、転職の可能性は否定できないものの、社員個人の成長を促す寛大な施策は、会社に対する社員の好感度や忠誠心を高める、という見方もできます。

言い換えれば、社員と会社のWin-Winを実現するよう副業・兼業のルールや社外活動の支援制度を整備することは、人事部門の腕の見せどころともいえるでしょう。

  1. キャロル・S・ドゥエック著 , 今西康子訳『マインドセット「やればできる!」の研究』, 草思社, 2016 . ↩︎
  2. 池谷裕二監修 ,『大人のための図鑑 脳と心の仕組み』, 新星出版社 , 2015 . ↩︎

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