「毎年恒例の情報セキュリティ研修、本当に意味があるのだろうか」
「eラーニングを全社に展開しても、ただ動画を流すだけで、従業員に響いていない気がする」
情報セキュリティ教育の重要性は誰もが理解しているはずなのに、なぜか研修は形骸化し、従業員は「やらされ感」を募らせていく。このジレンマに頭を抱えている担当者の方は、決して少なくありません。
多くの企業において「従業員のセキュリティ意識のギャップ」「教育プログラムの陳腐化」「高度化する脅威に対応できる専門人材の不足」といった悩みが共通して存在します。
この記事では、形骸化した研修から抜け出し、従業員の行動変容を促し、効果測定まで可能な情報セキュリティ教育の具体的な設計図を提示します。また、IPA(情報処理推進機構)などが公表する最新の信頼できる情報に基づき、明日からすぐに使える実践的なノウハウを解説します。ぜひ、貴社のセキュリティレベルを飛躍させる「羅針盤」としてご活用ください。
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AIで要約
- 知識のインプットで終わる研修は形骸化します。従業員の行動変容を促し、組織の文化を変えることが重要です。
- 標的型攻撃メール訓練やマイクロラーニング等の手法で、従業員が「自分ごと」として捉える体験を提供しましょう。
- 全社共通の基礎に加え、経営層や開発者など役割に応じた教育を実施し、効果測定と改善を繰り返していくことが求められます。
情報セキュリティ教育とは?その目的と、企業の脅威の現状
情報セキュリティ教育とは、企業が保有する情報資産を保護するため、従業員一人ひとりが情報セキュリティに関する正しい知識と意識を身につけ、適切な行動をとれるようにするための継続的な取り組みです。
その目的は、人為的なミスや意図的な不正行為による情報漏洩やサイバー攻撃の被害を未然に防ぎ、企業の事業継続性とブランド価値を守ることにあります。
IPAが発表した「情報セキュリティ10大脅威 2025」組織編では、企業が直面する脅威の現状が示されています。1
- 1位:ランサム攻撃による被害
- 2位:サプライチェーンや委託先を狙った攻撃
- 3位:システムの脆弱性を突いた攻撃
近年注目すべきは、新たな脅威の台頭です。「地政学的リスクに起因するサイバー攻撃」は2025年版で初選出され、国家機関やその支援を受けたグループが、嫌がらせ、報復、あるいは機密情報窃取を目的にサイバー攻撃を行う事例が報告されています。
また、生成AIを悪用してマルウェアを作成する事例も確認されており、AI技術の進展による新たな攻撃手法にも警戒が必要です。
しかしながら、高度なセキュリティシステムを導入しても、最終的にインシデントの引き金を引くのは「人」の行動です。
サイバー脅威から企業を守り、事業を継続するためには、全従業員のセキュリティ意識を高め、適切な行動を促す情報セキュリティ教育が不可欠です。
【実践編】“やらされ感”をなくす効果的な情報セキュリティ教育の手法
毎年研修を実施しても、受講者の行動や考え方に変化を感じられないのは「研修あるある」ではないでしょうか。多くの研修担当者が最も知りたいのは「どうすれば効果的な教育ができるのか?」でしょう。情報セキュリティ教育を、実効性のあるものへと変革する鍵は「3つのシフト」です。
- 目的のシフト:「知識のインプット」から「リスクに基づいた行動変容の促進」へ
- 文化のシフト:「義務感・やらされ感」から「全員参加のポジティブな組織文化」へ
- 手法のシフト:「画一的な一斉研修」から「役割・スキルに応じた継続的学習」へ
従業員が受け身になる退屈な研修から、自発的に参加したくなる「体験」へと変える手法を具体的に解説します。
脱・形骸化を実現する多様なアプローチ
画一的なeラーニングや集合研修だけでは、人の心は動きません。まず取りかかるべきは研修の「目的のシフト」です。知識のインプットから行動変容へと目的をアップデートしましょう。
重要なのは、学習者が「自分ごと」として捉えられるリアリティのある体験を提供することです。
標的型攻撃メール訓練
標的型攻撃メール訓練は、IPAの「情報セキュリティ10大脅威」でも常に上位にランクインする標的型攻撃への耐性を、実践的に高めます。
「怪しいメールは開かない」と100回伝えるより、一度のリアルな模擬体験が効果的です。開封してしまった従業員を責めるのではなく、「なぜ開いてしまったか」「次はどうすればよいか」を一緒に考えるフォローアップが不可欠です。
インシデント対応机上演習
インシデント対応机上演習では、「ランサムウェアに感染した」「個人情報が入ったPCを紛失した」といった具体的なシナリオを提示し、役員や管理職、担当者がどう動くべきかをシミュレーションします。これにより、有事の際の報告体制や各自の役割が明確になります。
学習を「イベント」から「習慣」へ
よくある「情報セキュリティ研修」は、従業員を会議室に集め、専門家を招聘して講義を聞く形式です。しかし、せっかく専門的な知識を学んでも、時間の経過とともに内容を忘れてしまうケースも少なくないでしょう。
特別な講義中心の研修だけではない、日々の「習慣」に根付くような学び方を紹介します。
マイクロラーニング
年に数回実施する長時間の研修ではなく、3〜5分程度の短い動画やクイズコンテンツを定期的に配信するマイクロラーニングの手法は、研修内容を「時々やらされる課題」から「日々の習慣」へと変えられるでしょう。
さらに、隙間時間で手軽に学べる方式は、多忙な従業員の学習ハードルを劇的に下げることができます。
ゲーミフィケーション
ゲーミフィケーションは、学習内容の理解度に応じてポイントを付与したり、部署対抗でクイズ大会を実施したりなど、研修にゲーム要素を取り入れる手法です。これにより、従業員の参加意欲とエンゲージメントを高められます。
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ポジティブな文化醸成
セキュリティ対策は「あれもダメ、これもダメ」という禁止事項の連続になりがちです。しかし、それでは従業員は萎縮し、かえってヒヤリハットなどを隠すようになるかもしれません。目指すべきは「文化のシフト」による、ポジティブでオープンな組織文化です。
罰則よりインセンティブ
訓練メールを正しく情報システム部に報告できた従業員やチームを表彰するなど、ポジティブな行動を評価する仕組みを作りましょう。成功体験が、次の正しい行動を生み出します。
失敗を責めない文化
インシデントやヒヤリハットは、隠さずに報告してくれたことに価値があります。報告者を責めるのではなく、組織の貴重な学びの機会として捉え、感謝を伝える姿勢が、結果的に被害を最小限に食い止めるオープンな文化を醸成します。
効果測定と改善サイクル
「研修やっておきました」で終わらせないために、効果測定は必須です。しかし、テストの点数や受講率だけでは不十分。多角的なKPIを設定しましょう。
- 行動指標:標的型攻撃メール訓練における「開封率」の低下と「報告率」の上昇。
- 意識指標:定期的な匿名アンケートによる、従業員のセキュリティ意識の変化の定点観測。
- 成果指標:インシデント報告件数の推移。(※注意:教育開始直後は、意識向上により報告件数が増加することがあります。これはむしろ良い兆候と捉えましょう)
これらのKPIを基に、教育プログラムの有効性を評価し、継続的に内容を改善していくPDCAサイクルを回すことが重要です。従業員のフィードバックも積極的に取り入れ、「やりっぱなし」にしない姿勢が、教育効果を最大化します。
【内容編】誰に・何を教えるべきか?リスクに応じた教育コンテンツ
効果的な「手法」がわかったところで、次に「誰に・何を」教えるべきかを設計します。ここで「手法のシフト」を実行しましょう。ポイントは、全従業員に共通の土台を築きつつ、役割に応じた専門教育を施すことです。
フェーズ1:全従業員の「基礎体力」を鍛える共通リテラシーの底上げ
まずは、組織全体のセキュリティレベルの底上げを図ります。IPAが公開する「セキュリティ対策の基本と共通対策」は、この共通リテラシー教育の優れた教材となります。同資料を参考にした必須の教育コンテンツの例を見てみましょう。
フィッシングの見分け方
メールの送信元アドレス、不自然な日本語、緊急性を煽る件名など、具体的なチェックポイントを解説。
パスワードの適切な管理
使い回しをせず、長く複雑なパスワードを設定し、可能であれば多要素認証(MFA)を有効にすることの重要性を徹底。
不審なメール・SMSへの対処法
「添付ファイルは安易に開かない」「リンクは安易にクリックしない」「判断に迷ったら、まず報告・相談する」という基本行動を定着させる。
適切な報告/連絡/相談を行う
判断に迷った場合も含めて、適切な報告・連絡・相談先を定めた対応マニュアルを作成し、これに従ってエスカレーションを行うことを周知徹底する。
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参考)IPA情報処理推進機構「セキュリティ対策の基本と共通対策 情報セキュリティ10大脅威2025版」
フェーズ2:役割に応じた「専門スキル」を磨く応用教育
全従業員が同じリスクを負っているわけではありません。経済産業省とIPAが策定した「デジタルスキル標準」を参考に、役割に応じた教育を実施することで、より実践的なリスク対策が可能になります。役職・職種別の教育メニュー例を整理しました。
教育メニュー例:経営層
内容:セキュリティインシデントが経営に与えるインパクト(事業停止、損害賠償、信用の失墜)の理解。セキュリティ対策がコストではなく、事業継続のための「投資」であることの認識。
ゴール:DX推進と表裏一体のサイバーリスクを理解し、適切な投資判断ができる。
教育メニュー例:管理職
内容:部署内の情報資産の洗い出しとリスク管理。部下がインシデントを起こした(あるいは巻き込まれた)際の、適切な一次対応とエスカレーション手順の習熟。
ゴール:部署内のルール遵守を徹底させ、有事の際に混乱なく報告体制を機能させられる。
教育メニュー例:一般従業員(特にテレワーク実施者)
内容:公共Wi-Fiの安全な利用方法、業務で利用するSaaSの適切なセキュリティ設定(共有設定など)、プライベート用デバイスの業務利用(BYOD)のリスク理解。
ゴール:オフィス外でも、セキュリティが確保された環境で安全に業務を遂行できる。
教育メニュー例:開発・IT担当者
内容:セキュアコーディング、利用するライブラリ等の脆弱性管理(SBOMの考え方)、最新の攻撃手法の把握と対策。
ゴール:設計・開発段階からセキュリティを組み込み(シフトレフト)、脆弱性のないシステムを構築できる。
【説得材料】なぜ今、教育の見直しが急務なのか?
ここまで読まれた担当者の方は、情報セキュリティ教育の改革の必要性を強く感じていただけたかと思います。しかし、実行には経営層の理解と予算獲得が不可欠です。この章は、皆様が社内、特に経営層を説得するための「説得材料」としてご活用ください。
脅威の現状と自社インシデントがサプライチェーンに及ぼす影響
情報セキュリティ教育を効果的に進めるためには、まず企業が直面している脅威を把握することが重要です。
IPAが発表した「情報セキュリティ10大脅威 2025(組織編)」から、従業員が不審なメールの添付ファイルを開いたり、フィッシングサイトにID・パスワードを入力したりといった「人的な行動」が侵入の起点となったものを挙げてみました。2
- 第1位 ランサムウェアによる被害:メールの添付ファイルやサーバーの脆弱性が侵入経路です。事業データを人質に取られ、莫大な身代金を要求されるだけでなく、事業停止による損失は計り知れません。
- 第2位 サプライチェーンの弱点を悪用した攻撃:セキュリティが強固な大企業も、対策が手薄な取引先を経由して侵入されるケースが後を絶ちません。自社のセキュリティ不備が、取引先へ深刻な影響を与える事態に発展し得るのです。
- 第4位 内部不正による情報漏えい等:悪意ある従業員の情報の持ち出しだけでなく、知識不足による操作ミスが重大な情報漏えいに繋がるケースも含まれます。
上記のような「人的な行動」によってインシデントが起きた場合、自社だけでなくサプライチェーン全体への影響も把握しておく必要があるでしょう。
実際に、2023年度にサイバーインシデントの被害を受けたと回答した企業のうち、約7割が取引先に何らかの影響があったと回答しています。具体的には、「サービスの障害、遅延、停止による逸失利益」(36.1%)、「個人顧客への賠償や法人取引先への補償負担」(32.4%)などが挙げられ、自社のインシデントがサプライチェーン全体に多大な影響を及ぼす実態が明らかになっています。3
情報セキュリティ教育は「経営投資」である
「情報セキュリティ白書2024」でも指摘されている通り、サイバー攻撃による被害は、直接的な金銭被害に留まりません。顧客からの信用の失墜、ブランドイメージの低下、そして優秀な人材の流出など、無形の損害は長期的に経営を蝕みます。
情報セキュリティ教育は、こうした壊滅的な被害を未然に防ぐための、最も費用対効果の高い「経営投資」なのです。万が一インシデントが発生してしまった場合でも、全社的なセキュリティ意識が高ければ、迅速な発見と対応が可能となり、被害を最小限に食い止められる可能性が高まります。
また、経済産業省が企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を支援するために策定した「デジタルガバナンス・コード」においても、経営層によるサイバーセキュリティ対策の推進が一層求められています。具体的な施策のガイドラインも公表されていますので、ぜひ参考にしてください。
参考)IPA 独立行政法人 情報処理推進機構「サイバーセキュリティ経営ガイドライン Ver 3.0実践のためのプラクティス集」
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まとめ
本記事では、形骸化した情報セキュリティ教育から脱却し、効果を最大化するための具体的な方策を【実践編】【内容編】【説得材料】に分けて解説しました。
改めて、成功の鍵となる「3つのシフト」を振り返りましょう。
- 目的のシフト:行動変容を促す
- 手法のシフト:役割に応じた継続学習を行う
- 文化のシフト:ポジティブな文化を醸成する
情報セキュリティ教育は、一度実施すれば終わり、というものではありません。サイバー攻撃の手口が日々巧妙化していくように、私たちの教育もまた、常にアップデートし続ける必要があります。ぜひ明日からできる「はじめの一歩」を踏み出してみてください。
まずは、第2章で紹介した「標的型攻撃メール訓練」の企画を検討してみる。あるいは、第4章のデータを基に、上長や経営層に教育計画の見直しの必要性を提案してみる。その小さな一歩が、貴社の未来をサイバー攻撃の脅威から守る、大きな防波堤となるはずです。
- IPA 独立行政法人 情報処理推進機構「情報セキュリティ10大脅威 2025 解説書(組織編)」,2025年2月公表(閲覧日:2024年6月21日) ↩︎
- IPA独立行政法人 情報処理推進機構「情報セキュリティ10大脅威 2025(組織編)」,2025年2月公表(閲覧日:2024年6月21日) ↩︎
- IPA 情報処理推進機構「2024年度 中小企業における情報セキュリティ対策に関する実態調査 報告書」,2025年5月公表(閲覧日:2025年6月21日) ↩︎
参考)
IPA情報処理推進機構「情報セキュリティ白書2024」,2024年7月公表,https://www.ipa.go.jp/publish/wp-security/eid2eo0000007gv4-att/2024_ALL.pdf(閲覧日:2025年6月22日)
経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0~DX経営による企業価値向上に向けて~」,2024年9月19日公表,https://www.meti.go.jp/press/2024/09/20240919001/20240919001.html(閲覧日:2025年6月22日)