キャリア自律を育む組織文化(1)個々人とその自律性の尊重

前回、「キャリア自律」を推進していく際には、それと逆行するような固定観念に気付き、そこから脱却して新しい組織文化を築いていく覚悟が必要だと指摘しました。

それでは、「キャリア自律」を育む新しい組織文化とは、どんなものなのでしょうか?

本シリーズでは、(1)相互尊重、(2)成長マインドセット、(3)公正、の3つを取り上げたいと思います。今回は(1)相互尊重について解説します。

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AIで要約

  • 相互尊重とは同意ではなく「認知的共感」。他者との違いを前提に価値観をありのまま受け止める姿勢が、部下が安心して本音を話せる関係性を築き、キャリア自律の土台となります。
  • 個人の尊重が組織の崩壊を招かない鍵は「組織パーパス」にあり。これが羅針盤となって多様な個性を束ね、自分らしさと組織の成果を両立させる「真のキャリア自律」を実現します。
  • 文化定着の鍵はマネジメント層の率先垂範。人事は役員コーチングや、個人の志と組織をつなぐ対話の場作りで意識変革を促し、制度と風土の両輪で自律型組織への転換を完遂させます。

この記事の著者
八木香(ビジネスコンサルタント)
株式会社パラスアテナ 代表取締役
i-PRO株式会社 社外取締役


「相互尊重」とは

「相手を尊重しましょう」と言われて、「そんなことは無用だ」と反対する人はほとんどいないと思います。けれど、「では、それは具体的にどうすることですか?」と尋ねられると、案外答えに窮するのではないでしょうか。

相互尊重とは、(1)個々人はそれぞれ違うということを肝に銘じ、(2)その違いを否定するのではなく、その人が持つ価値観や考え方、強みをありのままに受け止めることです。以下、さらに詳しく見ていきましょう。

個々人はそれぞれ違うということを肝に銘じる

私事で恐縮ですが、以前、やり手の女性起業家から「あなたも男性並みにガンガンいくタイプですよね」と言われ、やんわり否定すると、「またまたぁ~」と本気にしてもらえず、戸惑ったことがあります。

私の出身大学や経験業種、「大企業から転身・独立した」という経歴が彼女と同じだったので、同じキャリア観を持っていると思われたのでしょう。いわゆる自己中心性バイアス(自分視点で他者の心の状態を捉えてしまうこと)ですね。

このように、私たちは、自分と属性が似ている人や、同じ組織に属する人たちは、自分と似た考え方だと思ってしまいがちです。

実際、長年一緒に働くうちに考え方が似てくることはよくあります。しかし、大なり小なり、人によって価値観やキャリアに対する考え方は違います。特に、最近はインターネットの普及も相まって価値観の多様化が進み、「〇〇世代は◇◇」といったステレオタイプ的な捉え方も難しくなってきています。

部下のキャリア自律を促す上では、まず相手は自分と違う考え方を持っている、世代ごとに十把ひとからげに捉えることもできない、相手の考えは自分には分からないものだ、ということを肝に銘じることが大切です。

自分とは異なる相手の考え方や価値観をありのまま受け止める

分からない以上、相手に聞いてみるしかありません。聞いてみて、相手が(案の定)自分と違う考え方を示した場合、自分の考えはいったん脇に置いて、相手の言うことをありのまま受け止めます。

ここで留意したいのは、「受け入れる」必要はないという点です。「受け入れる」とは、厳密には「相手の考えに賛同」すること。一方「受け止める」とは、賛否の判断なしに「相手はそう考えているんだな」とありのままシンプルに捉えることです。

「三度の飯より仕事が好き」と豪語する起業家社長がいらっしゃいましたが、そのような方は「仕事はプライベートを充実させるための手段」という考え方には賛成しかねるでしょう。でも、「あなたはそういう価値観なんですね」と言うことはできるでしょう。これを「認知的共感」といいます。

最近「共感」の大切さが強調される中で、「相手と同じ気持ちを自分も感じなくては」と思いがちです。このように他者の感情と一致する感情を自分も感じることは「感情的共感」といいます。価値観の違う相手に感情的共感を示すのは難しいですが、認知的共感であれば、どんな相手に対しても発揮できます

「そうなんですね」と相づちを打つことで、相手は自分のことを受け止めてもらえた、と安心し、自然と心を開いてくれるはずです。

自律性の尊重

相互尊重と並んで重要なのが、自律性の尊重です。

例えば、メンバーが「より社会的意義のあるプロジェクトに挑戦したい」と発言したとき、それがチームの方向性とずれていても、まずは相手の意思をありのまま受け止め、その考えの背景を理解しようとすることです。

「社会的意義」とは何か、なぜ挑戦したいのか、建設的な対話を通じて、その人の意欲を今の業務内容の延長や発展にうまく重ね、個人の成長と組織の成果を両立させる道を探るのです。たとえ100%満足いく答えが見いだせずとも、このプロセスそのものが、本人の満足と現在の業務への意欲を高めるのに役立ちます。

キャリア自律の本質は、メンバーの「自分で決める責任」と管理職の「他者の意思を尊重する責任」の両立にあります。組織全体でこの価値観を共有できたとき、社員は安心して挑戦し、自分のキャリアを主体的に描けるようになります。

多様な個性を束ねる、組織の「パーパス」

とはいえ、個々の自律性を尊重するあまり、皆が好き勝手をして組織としてのまとまりがなくなり、誰もやりたくない仕事が置き去りにされて組織運営が立ち行かなくなっては本末転倒です。そこで重要になるのが、組織の「パーパス」(組織パーパス)です。

組織パーパスとは、「社会に対する自社の存在意義は何か」という根源的な問いへの答えです。社員一人ひとりが、組織パーパスに共鳴し、「自分らしさ」を発揮して自律的に行動することが、究極的にパーパスの実現につながっていれば、個々人の違いを尊重しつつ組織としての団結力を高めて成果を上げることが可能になります。

つまり、組織パーパスは多様な社員たちのベクトルを合わせる羅針盤なのです。個人が自らの価値観に従って行動することと、組織の方向性が整合する状態をつくることが、キャリア自律型組織の理想的な姿といえるでしょう。

組織文化の転換 ― マネジメント層の率先垂範が鍵

相互尊重や自律性の尊重、組織パーパスの重視といったマインドセットを「組織文化」として定着させていくには、マネジメント層の率先垂範が不可欠です。

良しにつけ悪しきにつけ、下の人間は上の人間の行動をよく見ていて、無意識のうちに模倣します。どれだけパーパスや制度を制定しても、日々のマネージャーの振る舞いが旧来型のままであれば、社員に変化を求めても無理というもの。従ってマネジメント層は、キャリア面に限らず、日常業務の中で相互尊重と自律性尊重を心がける必要があります。

会議で部下から違う意見が出されたとき、「それは違う」と切り捨てるのではなく、「なぜそう考えるのか」を丁寧に聴く。部下の異動希望に対して、「君なしで部署は成り立たない」と情に訴えるのではなく、本人の成長と組織の目的を両立できる道を一緒に探る。こうした一つひとつの行動が、組織文化の形成と定着につながっていきます。

人事が果たすべき役割 ― 組織文化の構築を促す仕組みづくり

では、そのような組織文化づくりを促すために、人事はどのような支援ができるでしょうか。

一つは、エグゼクティブコーチングによるマネジメント層の支援です。相互尊重や自律性尊重の姿勢を体得するための第一歩は、本人が自分自身のリーダーシップスタイルを内省し、自分が組織にどんな影響を与えているかに気付くことです。スタイルや内省力は個々によって違うので、個別に第三者的立場のコーチとの対話の場を設けることが効果的です。

もう一つは、社員同士のワークショップ(WS)や対話の場づくりです。社員同士で互いの価値観やキャリア観を語り合い、「違いを理解する」体験を積み重ねることで、相互尊重が自然に根付いていきます。

第1回でご紹介したWILL・CAN・MUSTによるキャリアデザイン研修もその一例です。さらに、マイ・パーパスを組織パーパスや部署目標とつなげるWSを行う、上司との1on1でマイ・パーパスの実現に向けた具体的行動計画を共同で作る、といった取り組みは、組織や自分の仕事に対する社員の誇りを高め、離職意図を低めるという調査結果があります。1

もちろん、キャリア自律を支援するキャリア面談制度、社内公募制度、副業・越境学習の促進などの制度を整え、社員が自らのキャリアを選択できる環境づくりを進めることは、上述のマインドセット変革との車の両輪となります。

結び

キャリア自律とは、単に「個人に任せる」ことではありません。

それは、個人の自律性を尊重しながら、共通のパーパスに向かって協働する組織文化を築いていくことです。そのためには、マネジメント層自らが固定観念から脱却し、率先してマインドセットを切り替えて行動すること、そして人事が、制度改革と併せ、トップから現場まで、全社員のマインドセット変革を促す場づくりを進めることが肝要です。

次回は、特にキャリア自律を実践する社員の側がビルトインすべき「成長マインドセット」について考えていきます。

  1. Bruce N. Pfau「How an Accounting Firm Convinced Its Employees They Could Change the World」,『Harvard Business Review』(閲覧日:2025年11月28日) ↩︎

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