なぜ研修だけでは「キャリア自律」が育たないのか?組織に根付く固定観念の壁

キャリア自律の必要性が叫ばれて久しく、企業では社員のキャリア自律に向けたさまざまな取り組みが進められています。ただ実際に、どれだけの社員の方々が「キャリア自律」について腹落ちし、そのための具体的な行動を実践しているでしょうか?

NTTデータ経営研究所の調査1では、会社が「キャリア自律」の施策を講じていても社員の半数近くがそれを認知しておらず、さらに、認知している人のうち半数近くが必要ないと考えているという結果が出ています。つまり、会社側が制度や施策を整えても「絵に描いた餅」状態の可能性があるのです。

そこで本シリーズでは、そのような状態を打破するために何をすべきか、いわば「社員に餅をおいしく食べ」てもらい、ぐんぐん成長してもらうには何をすればよいのか、どのような組織文化を築いていけばよいのかを考えていきます。

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AIで要約

  • 研修だけでは定着しない真因は、組織に根付く「古い固定観念」にあり。「昇進=キャリア」の誤解を解き、社員の「やらされ感」を払拭して自律を促す意識改革の要諦を解説します。
  • 自律の鍵は「WILL・CAN・MUST」の棚卸し。強みや価値観を業務と紐づけ、働く意義となる「マイ・パーパス」を言語化して主体性を引き出す具体的手法を伝授します。
  • 「自律すると辞める」は誤解です。離職への不安や同質性への執着を捨て、多様な個の成長を支援する「寛容な組織文化」こそが、社員の真のコミットメントを高める理由を紐解きます。

この記事の著者
八木香(ビジネスコンサルタント)
株式会社パラスアテナ 代表取締役
i-PRO株式会社 社外取締役


組織の実態と「キャリア自律」の矛盾

これまで、多くの日本企業、特に伝統ある大企業では、年功序列の考え方が色濃かったと思います。

そこでは、社員自ら自分のキャリアを切り開くというより、「キャリアは会社から与えられるもの」という、「自律」とは真逆な受け身の姿勢が多く見受けられます。しかも「キャリア」=「管理職への昇進・昇格」、という考え方がまだまだ一般的なようです。

そうした状況の中で、いきなり社員に「キャリア自律」を求めても難しいでしょう。逆に、「自分で考えていいなら、管理職になりたくない(から何もしなくていい)」といった行動停止を招きかねません。

ではどうしたらよいのでしょうか?

「キャリア自律」の意味

最初に改めて確認したいのは、ここでいう「キャリア」とは何か、「自律」とは何か、という点です。

組織心理学における「キャリア」の定義をざっくりまとめると、以下のようになります。

過去・現在・未来と継続的に、自分自身への気づきを深めながら、ビジネス活動や社会活動を通じて、自分らしさを発揮し続けること。生涯を通じた人生のプロセス。自身の生き方そのもの

管理職に昇格してチームの先頭に立ち、皆を引っ張っていくことも、もちろん「キャリア」の一つですが、それ以外にも、例えば、「縁の下の力持ち」として他人のサポートに徹し、感謝されることに喜びを見いだす、社会課題解決のためのボランティア活動にいそしむ、といったことも一種の「キャリア」なのです。

一方「自律」に関しては、企業経営環境が厳しい中、「会社はもはや年功序列や終身雇用を保証できないから、自分のキャリアは自分で考えてください」という意味に捉えられてしまっては、元も子もありません。

本来私たちは、人から言われて何かをやる、つまり「やらされ感」で行動するより、自分でやろうと決めてやる方が気分良く、「やる気スイッチ」が入り、やり遂げたときの達成感も増すものです。自律的行動は、そのようなポジティブ感情につながり、ひいては仕事の充実、人生の充実につながると考えられます。

従って、キャリア自律を社員に浸透させるための第一歩として、次の2つが非常に重要になります。

(1)「キャリア」の意味を正しく理解してもらい、自分らしさを発揮できる仕事は何か、あるいは今の仕事でどうやって自分らしさを発揮したいか、を考えてもらう

(2)「自律的行動」、つまり自分のキャリアに自分で責任を持ち、主体的に行動することが、自分自身の幸せにも資すると認識してもらう

具体的な方法

(1)と(2)を促す具体的な方法として、WILL・CAN・MUSTによるキャリアデザイン研修が考えられます。上述の通り「キャリア自律」の意味を説明しても、では「自分らしさ」とは何なのか、すぐに導き出せる人はまれだと思います。

そこで、以下を一つずつ棚卸ししてもらうのです。

  • WILL=自分がやりたいこと、働く上で大切にしたい価値観
  • CAN=自分がやれること、自分の強み(得意なこと・能力・スキル・才能・性格など)
  • MUST=自分がやるべきこと、自ら果たすべきと思う役割

WILL・CANを棚卸ししたところで、いったん今の自分の主要業務をリストアップし、自分のWILLはどの業務につながるか、どのCANをどの業務で生かしているかを考えてもらいます。すると、意外に今の仕事で自分らしいWILL・CANが発揮できていることに気付くと思います。

その上で、MUSTについては、具体的業務ではなく、組織の中でどんな役回りを期待されているのか、考えてもらうのです。上司の方がその人への期待を伝える方法もありえます。いずれにしろ「やらされ感」ではなく、自ら果たすべき・果たしたい、と思える役割を導くことが肝要です。

棚卸し作業をステップバイステップで進めながら、「自分らしさ」のイメージを明らかにしていくわけです。そして最後に、WILL・CAN・MUSTを踏まえた自分のキャリアの理想像-自分は何のために働くのか/自分の本質的役割・存在価値は何か/仕事を通じてどんな自分になりたいか-、いわば「マイ・パーパス」を言語化してもらいます。

1回の研修では、マイ・パーパスを完璧に言語化することは難しいので、いったん作成した後、例えば1カ月おきに見直して3カ月程度で固めるとよいでしょう。

マイ・パーパスが明らかになれば、その実現に必要な知識・スキル・経験も具体的に見えてきて、リスキリングや自己啓発のテーマが明確になり、取り組み意欲も増すと思われます。

「自分らしい」キャリア自律を促す際のリスクとその対策

キャリア自律とは、個々人が「自分らしい」キャリアを描き、その実現に向けて能動的・継続的に学び、自らをアップグレードしていくことです。そのような社員一人ひとりの成長が、組織の持続的成長につながり、両者のWin-Winとなっていくわけです。

しかし、このWin-Winが成り立たないリスクも考えられます。

一つめは、社員一人ひとりが「自分らしさ」を追究していくと、「この仕事はマイ・パーパスに合わない」「やりたいことではない」から会社を辞めたい、というように、結果的に社員の離職率が高まるのでは、というリスクです。しかし、HR総研の調査によると、キャリア自律を推進しても離職率に変化はないと回答した企業は65%、増加・減少はいずれも17%だったそうです。2

著者が新卒で入ったソニー株式会社(現:ソニーグループ株式会社)では、入社式で創業者の盛田昭夫氏が「この会社が自分に合わないと思ったらすぐ辞めていい」と断言するのが当時の通例でした。そう言われると、自分が決定権を握っているという、まさに「キャリア自律」の意識が芽生え、さらには「駄目なら辞めてもいいんだ」という安心感から「だったらやるだけやってみよう」と能動的に行動できる環境だったように思われます。

せっかく会社が成長投資した社員が、より活躍できる場を求めて退職してしまうリスクは否定できません。しかし、そのリスクを承知の上で、個々人が「自分らしさ」を発揮し、自分らしい成長を実現できる環境を提供する、その寛容さが、かえって社員のコミットメントを促すのではないでしょうか。

二つめは、「言行不一致」のリスクです。上述の研修中、「自分らしいキャリア」を考えながら、「上司に見せたら『うちの会社らしくない』と言われそう…」とつぶやいた人がいました。

「うちの会社の“色”に染める」という言い回しがあります。厳しいビジネスの戦場で戦うには、社員全員が同じ“色“の一枚岩となることは重要です。同時に、持続的成長のためにイノベーションを創出し続けるには、多様な知識・経験・考え方や価値観を最大限に活用する、いわゆるダイバーシティ経営が不可避です。同じ色ばかりよりも、色々な色を織り交ぜた方ほうが、面白いものができるはずです。

その観点からも、社員それぞれが「自分らしさ」を磨き、自分らしい成長を自律的に進めていく「キャリア自律」が重要になるわけです。

「キャリア自律」と言いながら、つい「うちの会社らしさ」を気にしてしまうとしたら、同質性を重んじる固定観念にとらわれているせいではないでしょうか。

離職率の増加への懸念が、「辞めることは良くない」というバイアス、終身雇用を良しとする固定観念によって、過大視されていないでしょうか。

「キャリア自律」を目指し、WILL・CAN・MUSTによるキャリアデザイン研修を実施する際には、それと逆行するような固定観念に気付き、そこから脱却して新しい組織文化を築いていくことが大切になります。

では、具体的にはどんな組織文化なのでしょうか。次回は、キャリア自律の土台となる『相互尊重』について掘り下げていきます。

▼次回コラム(第2回)はこちら

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キャリア自律を育む組織文化(1)個々人とその自律性の尊重

  1. 株式会社NTTデータ経営研究所「令和のキャリアプラン実態調査-キャリア形成とリスキリングの現在地-」,2025年5月29日公表(閲覧日:2025年11月28日) ↩︎
  2. HR総研「『人的資本価値の最大化に向けたキャリア自律の課題』に関するアンケート 結果報告」,2023年7月18日公表(閲覧日:2025年11月28日) ↩︎

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