人的資本経営とは? 情報開示義務化の前に知っておきたいポイント

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人的資本経営とは? 情報開示義務化の前に知っておきたいポイント

「人的資本の情報開示が迫っている。今のうちに人的資本経営についてもっと知っておきたい」

企業価値を判断する指標は有形資産から無形資産へとシフトしています。人材を「資源」として見ていた時代は過ぎ、人材を「資本」と捉える時代に入りました。

海外で人的資本の情報開示の動きが活性化している中、日本では、有価証券報告書等を発行する上場企業などを対象に、2023年3月期決算から人的資本の情報開示が義務化されました

こうした中で、経営手法を時代に対応したものへと移行できる企業だけが、競争力を維持・強化していくことができるでしょう。

多くの企業で人材不足が課題となっている現代では、人材を消費するのではなく、適切に投資して価値を高めることで、長期的な企業成長につなげていく必要があります。これを可能にする経営手法が「人的資本経営」です。

本稿では人的資本経営の概要や、人的資本経営が注目されている背景を解説し、経済産業省が公表した、人的資本経営について取りまとめられた「人材版伊藤レポート2.0」の内容から特に注目すべきポイントをまとめました。

また、人的資本経営を実践している企業の事例も紹介しますので、ぜひお役立てください。

「人的資本経営」以外にも、「ARCSモデル」や「エンプロイアビリティ」など、近年話題の人事系キーワードについて詳しく知りたい場合は、163の用語を解説している「人事用語事典」をご利用ください。⇒ダウンロードする

人的資本経営とは?サステナビリティ時代に求められる経営手法を解説

まずは、人的資本経営とはどのような経営手法なのか解説します。そして、人的資本経営についての国内外の動きも紹介します。

人的資本経営の定義

経済産業省は、人的資本経営を以下のように定義しています[1]

人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。

少子高齢化の影響で労働力不足が深刻となっている現代では、優秀な人材の獲得・育成が困難になっています。しかし、企業経営は人材なくしては成り立たず、また企業成長の鍵を握るのも人材です。

そこで、人材を資源ではなく資本と捉えて人材戦略を進め、中長期的に人材を育成して企業価値を向上させる人的資本経営が注目を浴びています。サステナビリティ[2]が重視される現代では、長期的な視点で持続可能な企業を創造するためにも、人的資本経営が欠かせなくなるでしょう。

人的資本経営が記載された「人材版伊藤レポート2.0」とは何か

人的資本経営を理解するにあたり、欠かせないものが「人材版伊藤レポート2.0」[3]です。

「人材版伊藤レポート2.0」とは、経済産業省が2020年9月に公表した「人材版伊藤レポート」の内容を改定し、2022年5月に公表した資料を指します。

「人材版伊藤レポート」の正式名称は「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」で、一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏を座長とした研究会で協議した内容が取りまとめられています。企業を取り巻く環境が急速に変化している中、新たな経営戦略として人的資本経営をどのように実践していくのかが記載されています。

「人材版伊藤レポート」、「人材版伊藤レポート2.0」については、第3章、第4章も併せてご覧ください。

従来の経営手法との違い

従来、「ヒト・カネ・モノ・情報」は四大経営資源とされ、人材は資源として捉えられていました。HRという言葉にあるようにHuman Resource、つまり「人的資源」と捉えて、いかにコストを抑えて人材を有効活用するかがフォーカスされていたのです。

資源にかかるお金はコストであり、資源は「消費」の対象です。

一方、人的資本経営において人材は資本です。そのため、資本にかかるお金は「投資」となり、時間をかけて価値を増幅させる対象となります。

このように、従来の経営手法と人的資本経営とでは人材の捉え方に大きな違いがあるのです。

最近話題の人的資本の情報開示との関係は?

人的資本に関する情報は、財務諸表で開示されることのない「非財務情報」に該当し、かつては公開されませんでした。

しかし2018年に、ISOが、人的資本の情報開示に関するガイドラインである「ISO30414」を公開したことを皮切りに、国内外で情報開示の動きが活性化しています。

日本では、東京証券取引所が公開している「コーポレートガバナンス・コード」[4]において、人的資本の情報開示を推奨する文言が明記されています。

また2021年には、内閣府の「非財務情報可視化研究会」と経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」がスタートし、日本政府も積極的に人的資本の情報開示について討論を続けています。

このような動きによって人的資本という考え方が重視されるようになり、併せて人的資本経営も注目されています。

人的資本の情報開示についての詳細は、第2章でご紹介する「人的資本経営が注目されている背景」の一つ、「情報開示の必要に迫られている」をご参照ください。

以上のように、人的資本経営はこれからの時代において不可欠な経営手法で、情報開示の動きとともに関心が高まっています。次章ではその背景を見てみましょう。

人的資本経営が注目されている背景

人的資本経営が注目されている背景にはさまざまな要因がありますが、主なものは以下の4点です。

  • サステナビリティへの取り組みが求められている
  • 無形資産の重要度が高まっている
  • 情報開示の必要に迫られている
  • 価値観や働き方が多様化している

サステナビリティへの取り組みが求められている

持続可能な社会を作っていくため、サステナビリティが重要視されています。企業にも、さまざまな取り組みを通じてサステナビリティの実現が求められています。

かつての企業価値は、売上高や利益率などの可視化できる指標を基に評価されていました。企業は利益拡大を第一に事業展開を続け、その結果、自然環境や労働環境などの問題が深刻化したのです。

そこで、サステナビリティへの取り組みといった数値化されない指標を重視し、企業の価値を評価するように移り変わっていきました。

サステナビリティの取り組みの中でも、企業がとりわけ注視すべきなのが「ESG」です。ESGとは、企業が取り組むべき3つの観点を指します。

  • E(Environment):環境
  • S(Social):社会
  • G(Governance):企業統治

このうち、人的資本は労働問題や人権問題などに関する「Social」に該当します。

そのため、人的資本経営を導入している企業はサステナビリティに取り組んでいると判断され、投資家の投資対象となったり、転職者が転職先を決める際の検討材料となったりすることもあります。

無形資産の重要度が高まっている

企業が持っている資産は、目に見える「有形資産」と目に見えない「無形資産」があります。

土地や建物、機械や設備などの有形資産は、費用をかければある程度の資産価値を作り出すことができます。

一方、ブランド力や技術力、特許や商標などの無形資産は、競合には真似できない自社独自の資産です。そのため、無形資産こそ競合との差別化につながり、市場での優位性を保つファクターになると考えられており、重要度が高まっています。

しかし、日本の企業価値に占める無形資産の割合は、欧米に比べて格段に低い状況です。S&P500では90%にも登っていますが、NIKKEI 225では32%となっています[5]投資家は無形資産を重視するようになっており、無形資産への投資の促進が求められています。

人材も無形資産に該当します。人材が持っているスキルやノウハウ、アイデアなどによって自社ならではの価値を高めるために、人的資本経営が必要となるのです。

情報開示の必要に迫られている

最近話題の人的資本の情報開示との関係は?」でも触れた通り、国内外において人的資本の情報開示が推進されています。

日本政府も、2022年8月30日付で、情報開示について「人的資本可視化指針」[6]を策定し、公表しています。本指針では、具体的な開示事項や、人的資本に関する情報を可視化するためのステップなどについて詳しく解説されています。

この指針は、現時点では、法的な義務のない、あくまで任意の規定です。しかしながら、早ければ2023年3月期の有価証券報告書から人的資本情報についての開示を義務付ける方針も示されている[7]ことから、同指針はかなり重要度の高いものと言えるでしょう。

価値観や働き方が多様化している

時代の変化に伴って人々の価値観や働き方が多様化していることも、人的資本経営が注目されている背景の一つです。

人にはそれぞれの性格やバックボーンがあり、価値観が異なります。多様な価値観を企業経営に生かすことで、新しい事業が生まれたり、さらなる企業成長のアイデアを思い付いたりします。

また、価値観の多様化に伴い働き方も多様化しています。企業がリモートワークや副業、パラレルワークなどの新しい働き方を取り入れることは、性別・年齢・障がいの有無に関わらず多様な人材が活躍できる場の提供につながります。

さらに、従業員のキャリアを長期的にサポートしていくことにもつながるでしょう。

このように、価値観や働き方の多様性を認め、人材を大事にしていくには、人的資本経営が適しているのです。

以上のような社会の変化により、時代に適した経営手法として人的資本経営が注目されています。

人的資本経営で企業価値を向上させるポイント

人的資本経営で企業価値を向上させるためには、具体的にどのようなポイントを意識して実践したらよいのでしょうか。

「人材版伊藤レポート」と「人材版伊藤レポート2.0」を参考に、人的資本経営の5つのポイントをまとめました。

  • 人材を「人的資本」と捉える
  • 経営戦略と人材戦略をひも付ける
  • CHRO(最高人事責任者)を配置する
  • ジョブ型雇用を推進する
  • 従業員や投資家へ積極的に発信・対話を行う

人材を「人的資本」と捉える

そもそもの前提として、人材を資源でなく資本と捉えるように意識を変革する必要があります。

例えば、人材教育に膨大な費用がかかる場合、人材を資源として捉えていると「なるべく教育費を抑えるために、とりあえずマニュアルを熟読させて自力で成長させよう」と考えるでしょう。

一方、人材を資本として捉えていれば「自社の将来を担う人材になってほしいから、費用をかけてじっくりと教育しよう」と考えます。これは大きな違いといえるでしょう。

人材を資本として捉えることで、費用を投資と考え、長期的な視点で見ることができるようになります。

経営戦略と人材戦略をひも付ける

人的資本経営では、経営戦略と人材戦略をそれぞれ独立で考えるのではなく、連動させて考えることがポイントです。

例えば、経営戦略として「海外進出」を挙げている場合、外国語も使いこなせる人材や、海外の文化や法律に精通した人材の獲得・育成をしなければいけません。

このように、経営戦略と人事戦略は関係が深いため、ひも付けて考える必要があるのです。

経営戦略とひも付けて人材戦略を策定する際には、まずは自社の経営課題を明確にし、それを解決するための戦略を立案することから始めます。そして、その経営戦略を実現するにはどのような人材戦略が有効か考えましょう。

CHRO(最高人事責任者)を配置する

人的資本経営の中核となる人物として、最高人事責任者である「CHRO」を配置することが推奨されています。

経営戦略にひも付いた人材戦略を推進していくためには、具体的な施策の立案・実行を担う人物が不可欠です。そこで、経営的な視点を持ちつつ人材戦略を進めていくCHROが重要な存在となります。

CHROは、社内の従業員とのやり取りだけでなく、投資家など社外の人物とやり取りし、人材戦略に反映するといった重要な役割も担います。

ただし、CHROを配置するだけで全てうまくいくわけではありません。経営戦略とひも付いた人材戦略を実行するには、CHROと、CHRO以外の経営陣の連携が重要です。

関連 ▶ CHRO(最高人事責任者)とは 戦略人事を加速するキーマンの役割と事例

ジョブ型雇用を推進する

人的資本経営では、職務内容に適した人材を雇用する「ジョブ型雇用」が有効です。

従来の「メンバーシップ型雇用」では、職種を決めずに人材を採用してから、企業側のニーズに合わせて配属先を決め、育成していました。その場合、まずは全ての職種を経験させたり、適性を見極めたりしなければならず、非効率性が問題となっていました。

急速に変化するビジネス環境に対応するためには、自社にとって必要な職種の専門性を持つ人材をピンポイントで獲得し、即戦力として活躍してもらわなければなりません。そのため、あらかじめ職務内容を明確にして、必要なスキルを持つ人材を獲得する「ジョブ型雇用」が求められているのです。

従業員は、一人一人スキルや専門知識、得意・不得意が異なります。よって、誰もが専門・得意分野で能力を発揮できるジョブ型雇用は、人的資本を最大限に活用できる雇用手法といえます。

関連 ▶ ジョブ型雇用への道は一本ではない 課題や導入検討のポイントとは?(弊社ブログサイトへ移動します)

従業員や投資家へ積極的に発信・対話を行う

人的資本経営では、社内外への積極的な発信と対話が求められます。

従業員に対しては、自社の人材戦略の内容や意図を発信し、自らの業務が企業価値に貢献していることを対話によって伝えます。それにより、従業員のモチベーションが高まり、スキルやキャリアを高めていこうと努力するでしょう

また、人的資本経営の考え方を社内に浸透させ、社内の足並みをそろえる効果も期待できます。

一方、投資家に対しては、どのような人材戦略を実践しているか説明します。そして自社にはどのような企業価値があるか、将来どのように成長していくかを、経営的かつ人事的な視点で伝えます。投資家はこの発信・対話を通じて、投資対象となるかどうかを判断します。

このように、従業員や投資家との積極的なやり取りを通じて自社の方向性を社内外に示します。

以上のように、人的資本経営では人材を資本と捉え、経営戦略と連動して人的資本を最大限に活用できる人材戦略を実践していくことが重要です。これらを踏まえて、次章では人的資本経営を成功させるための重要なポイントを解説します。

人的資本経営を成功させるための3P・5F モデル

「人材版伊藤レポート2.0」では、人的資本経営を実践する上で意識したい要素を「3P・5Fモデル」として説明しています。

「3P」は「3つの視点(Perspectives)」を指し、「5F」は「5つの共通要素(Common Factors)」を指します。

どのような内容なのか、以下で詳しく解説します。

人的資本経営に求められる3つの視点とは

人的資本経営における3つの視点は、以下の内容です。

  • 経営戦略と人材戦略の連動
  • As is-To be ギャップの定量把握
  • 人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着

それぞれについて詳しく見ていきましょう。

経営戦略と人材戦略の連動

人的資本経営では、経営戦略と連動した人材戦略の策定が重要です。

自社の経営戦略を実現するためにどのような人材が必要か、今いる人材をどのように育成していくか、といった視点で人材戦略を考える必要があります。

詳しくは3章の「・経営戦略と人材戦略をひも付ける」を参照ください。

As is-To be ギャップの定量把握

人的資本経営を進める上で、人材戦略が経営戦略と連動しているか、企業価値向上に貢献しているか、という内容を定量的に把握する必要があります。

具体的には、人材戦略における施策ごとに自社が目指すべき姿(To be)を定めてKPI[8]を設定し、現在の達成率や実績(As is)とのギャップを明確に可視化します。

定量的に分析することで、現時点で目標とどのくらいの差があるかを把握し、改善や軌道修正をしながらPDCAサイクルを回してAs isをTo beへと近づけていきます。

人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着

人的資本を長期的な企業成長につなげるためには、従業員一人一人が人的資本経営についての理解を深め、企業内に浸透させなければなりません。人的資本経営を自社の企業文化として定着させることで、社内全体で人的資本経営を推進していくことが可能です。

ただし、企業文化は一日で成るものではありません。企業側と従業員側の対話の場を設けるなど、日々の取り組みや対話などの人材戦略の実行を通じ、徐々に企業文化へと定着させていく必要があります。

このように、人的資本経営では経営戦略と人材戦略を連動させ、現在と目標とのギャップを明確にしながら戦略を実行していくことが重要です。また、戦略を実行しながら企業文化へと定着させていくことで、社内に人的資本経営を浸透させることができます。

人的資本経営に求められる5つの共通要素とは

「人材版伊藤レポート2.0」では、人的資本経営における5つの共通要素が挙げられています。

  • 動的な人材ポートフォリオ
  • 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
  • リスキル・学び直し
  • 従業員エンゲージメント
  • 時間や場所にとらわれない働き方

各要素について、一つずつ詳しく解説します。

動的な人材ポートフォリオ

「人材版伊藤レポート2.0」では、人的資本経営を推進していくために、動的な人材ポートフォリオの作成が重要だとされています。

人材ポートフォリオとは、どのような人材がどこにどれだけいて組織が構成されているかを可視化したものです。

人材ポートフォリオは、一度作成して終わりではありません。社内の人材構成は、ビジネス環境の変化に合わせて変化させていく必要があります。状況に応じて人材ポートフォリオを修正し「動的」に運用していくことで、人材の獲得や配置を常に最適化できます。

知・経験のダイバーシティ&インクルージョン

従業員は、それぞれ知識や経験が異なり、そこから得られるスキルやノウハウも変わります。

そのため、性別や国籍といった属性的なダイバーシティの一歩先を行く「知・経験のダイバーシティ」が求められます。そして、一人一人の知識や経験が認められ活用される「知・経験のインクルージョン」も必要となります。

多様な知識と経験を受け入れて活用することで、各人材の価値は最大化し、なおかつシナジー効果も生み出されるでしょう。

関連 ▶ ダイバーシティ&インクルージョンとは 考え方・進め方を徹底解説!(弊社ブログサイトへ移動します)

リスキル・学び直し

人的資本経営を進める中で、自社に不足している部分を補わなければいけない場面も出てきます。そこで重要になるのが、従業員に新たなスキルを学ばせる「リスキル」と、すでに習得しているスキルの「学び直し」です。

従業員はリスキルと学び直しによって、さらに高度なスキルが身に付きます。それにより、人的資本としての価値を高めることが可能です。

従業員にリスキル・学び直しの機会を提供することは、まさに企業による人的資本への投資であり、将来的に大きなリターンが期待できます。

関連 ▶ リスキリングとは? DXの実現に欠かせない従業員教育の手法を解説(弊社ブログサイトへ移動します)

従業員エンゲージメント

従業員エンゲージメントとは、「愛社精神」などと表現されることもある、従業員の企業に対する貢献意欲や愛着心などをいいます。従業員のエンゲージメント向上により、組織が一丸となって人的資本経営を推し進めることができます。

従業員がやりがいを感じながら業務に当たることができれば、スキルを最大限に発揮でき生産性向上につながります。

エンゲージメント向上のためには、積極的な情報発信や対話が必要です。さらに、多様な働き方の導入、教育訓練コンテンツの提供、継続的なキャリア支援なども効果的です。

関連 ▶ 従業員エンゲージメントとは 定着率の向上と組織の成長をもたらす鍵(弊社ブログサイトへ移動します)

時間や場所にとらわれない働き方

一人一人価値観が違うように、人によって能力を発揮できる働き方も異なります。また、天災や感染症などの予期せぬ事態が発生しても働くことができる環境の整備が求められています。

このような背景から、在宅勤務やリモートワーク、フレックスタイム制や時短勤務など、多様な人材がいつでもどこでも活躍できる環境を整え、時間や場所にとらわれない働き方を構築することが、企業にとって危急の課題となっています。

ただし多様な働き方を導入すると、従業員の管理や評価がしにくくなったり、コミュニケーションが希薄になったりする課題も生まれます。そこで、多様な働き方に合わせたマネージャーの育成や、ビジネスチャット・グループウェアを導入するなどDX化も併せて進めるとよいでしょう。

人的資本経営に求められる3つの視点から、以上のような5つの要素を充実させることが、人的資本経営を成功させるための重要なポイントです。

人的資本経営を実践している企業事例

人的資本経営を実践している企業事例を、「人材版伊藤レポート2.0」の実践事例集[9]の中から3社の特徴的な取組みを紹介します。ぜひ参考にしてください。

新領域で経営戦略と人材戦略を連動させるキリンホールディングス株式会社

キリンホールディングス株式会社は、食と医療の領域でこれまで培ってきたノウハウを活かし、新たにヘルスサイエンス領域への参入を経営戦略としました。それに伴い、ヘルスサイエンスの専門的な知識や経験を有する人材を採用し、経営戦略に関連した人材戦略を進めました。

また、従業員エンゲージメントの最大化、女性リーダーの育成、兼業・副業の導入などの取り組みも行い、人的資本経営を推進しています。

柔軟な人材戦略を実践する株式会社サイバーエージェント

株式会社サイバーエージェントは、事業領域の拡大に合わせて従業員に必要なスキルを学ばせたり、年齢や役職、部門などを超えて意見交換ができる場を提供したりするなど、柔軟な人材戦略により人的資本経営を実現しています。

また、社内の異なる事業や部署へ異動する「社内転職制度」も取り入れています。これらの取り組みを通じて従業員エンゲージメントが向上しているかを毎月定量的に分析し、部署ごとの施策立案へと生かしています。

将来の経営者候補を育成し人的資本の最大化を図る三井化学株式会社

三井化学株式会社は、2016年から経営戦略に連動した人材戦略を策定しています。また、自社の将来を担う「経営者候補」や「キータレント」を抜擢して個別に教育し、人的資本の最大化を図っています。

さらに従業員エンゲージメント調査をグローバル規模で実施することで、日本国内だけでは気付けなかった強みや課題も特定しています。明らかになった課題にはすぐに対応し、人材戦略の改善とエンゲージメントの向上につなげています。

今回紹介した企業は一例で、他にも多数の企業が人的資本経営を実践しています。今後のビジネスにおいて、人的資本経営がより一層重要になることは間違いないでしょう。

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まとめ

人的資本経営とは、人材を資本として捉えて中長期的に投資し、企業価値を向上させる経営手法で、従来の経営手法とは大きく異なります。持続可能な社会を目指すサステナビリティ時代において、成長し続ける企業を目指すために人的資本経営が求められています。

人的資本経営については、経済産業省が取りまとめた「人材版伊藤レポート2.0」に詳細が記載されています。その内容は、企業を取り巻く環境が急速に変化している中、新たな経営戦略として人的資本経営をどのように実践していくのかというものです。


人的資本に関する情報は、財務諸表で開示されることのない「非財務情報」に該当し、かつては公開されませんでした。しかし2018年に、ISOが、人的資本の情報開示に関するガイドラインである「ISO30414」を公開したことを皮切りに、国内外で情報開示の動きが活性化しています。日本政府も、2022年8月30日付で情報開示についての指針を策定し、公表しています。

人的資本経営が注目されている背景には、以下の要因があります。

  • サステナビリティへの取り組みが求められている
  • 無形資産の重要度が高まっている
  • 情報開示の必要に迫られている
  • 価値観や働き方が多様化している

経済産業省が取りまとめた「人材版伊藤レポート」、「人材版伊藤レポート2.0」には、人的資本経営を成功させるためのポイントとして、以下の内容が挙げられています。

  • 人材を「人的資本」と捉える
  • 経営戦略と人材戦略をひも付ける
  • CHRO(最高人事責任者)を配置する
  • ジョブ型雇用を推進する
  • 従業員や投資家へ積極的に発信・対話を行う

また、同レポートでは、人的資本経営には以下の「3P・5Fモデル」が重要であるとされています。

3P:3つの視点

  • 経営戦略と人材戦略の連動
  • As is-To be ギャップの定量把握
  • 人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着

5F:5つの共通要素

  • 動的な人材ポートフォリオ
  • 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
  • リスキル・学び直し
  • 従業員エンゲージメント
  • 時間や場所にとらわれない働き方

人的資本経営を実践する際には、これらの視点と共通要素を重視することで、自社の持つ人的資本の価値を最大化できるでしょう。

最後に、人的資本経営を実践している以下の企業の事例をご紹介しました。

  • 新領域で経営戦略と人材戦略を連動させるキリンホールディングス株式会社
  • 柔軟な人材戦略を実践する株式会社サイバーエージェント
  • 将来の経営者候補を育成し人的資本の最大化を図る三井化学株式会社

変化の激しいビジネス環境において、企業が変化に対応して成長していくためには人材の活用が欠かせません。まずは人材を資本と捉え、将来的な成長のためにはどのような投資が必要か考えてみましょう。

[1] 経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」(閲覧日:2022年8月18日)
[2] サステナビリティとは「持続可能性」を意味し、長期にわたって環境・社会・経済の価値を維持し続けること。
[3]経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート令和4年5経済産業省2.0~」,(閲覧日:2022818日)
[4] 上場企業の企業統治のためのガイドライン。
[5] 内閣府 知的財産戦略推進事務局「事務局説明資料」, 2021年8月6日,  (閲覧日:2022年10月5日)
[6]非財務情報可視化研究会,「人的資本可視化指針」,(閲覧日:2022年9月26日)
内閣官房「非財務情報可視化研究会」,  (閲覧日:2022年9月26日)
[7] 内閣官房「新しい資本主義実行計画工程表」,令和4年6月7日,  (閲覧日:2022年9月29日)
[8] KPI(Key Performance Indicator)とは「重要業績評価指標」を指し、最終的な目標を達成するために達成しなければいけない指標を指す。
[9] 経済産業省,「人的資本経営の実現に向けた検討会~人材版伊藤レポート2.0~報告書実践事例集」, (閲覧日:2022年8月18日)

参考)
経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」,https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html(閲覧日:2022年8月18日)
NRI「ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)」, https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/lst/alphabet/iso30414(閲覧日:2022年8月18日)
東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」, 2021 年 6 月 11 日, https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005lnul.pdf (閲覧日:2022年10月3日)
非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針(案)」, https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/sustainable_sx/pdf/007_05_00.pdf (閲覧日:2022年10月3日)
非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」, https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf (閲覧日:2022年10月3日)
経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~」P.32, https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf(閲覧日:2022年8月18日)
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集」, https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0_cases.pdf(閲覧日:2022年8月18日)
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~」,2022年5月, https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf(閲覧日:2022年8月18日)
日本経済新聞「人的資本の開示指針「コレじゃない」 優先順位望む企業」, 2022年9月20日, https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC094C70Z00C22A9000000/ (閲覧日:2022年9月27日)
日本経済新聞「無形資産 特許や人材など見えない資産、投資家が重視」, 2022年5月14日, https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA135160T10C22A5000000/ (閲覧日:2022年10月5日)

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