eラーニングの効果は数字で評価できるのか。

何度か導入を検討しているものの、「効果がはっきりしない」「費用対効果の目処が立たない」といった理由で先送りとしている企業もまだまだ多いのではないでしょうか。

インターネットを利用した学習形態が「eラーニング」という言葉で表現されるようになったのは2000年頃のこと。それから約20年、eラーニングは多くの企業の人材育成に採用されてきました。中には長続きせず、利用をやめてしまった企業もありますが、市場規模の推移を見てみると、ここ数年は増加傾向にあるようです。

(図表1)矢野経済研究所推計によるeラーニング市場規模推移(2023)

eラーニングの利用が増えている背景としては、まず企業のコスト削減に対する意識がこれまでになく高まっていることが考えられます。集合研修のコスト、研修データをエクセルで管理するコスト、受講者にバイネームでメール連絡をするコスト―。eラーニングを導入することで、これらにかけていたコストを大幅に削減できるからです。

また、eラーニングの学習効果が認められるようになったことも、利用が拡大している一つの要因であると考えられます。eラーニングの学習効果は、検証が難しいこともあって従来曖昧とされがちでしたが、導入企業の事例が増えてきたことで、徐々に明確な評価が見えてきています。

特に業績に与える影響は、多店舗を展開する企業において明確に見られる傾向があります。
本稿では、eラーニングの導入で期待できる効果と、実際にeラーニングを用いた施策が業績の向上につながった事例を2つご紹介したいと思います。

なお、各事例の効果検証に用いているのは、ドナルド・カークパトリックが提唱した4段階評価モデルです。(Kirkpatrick、1975)

(図表2)カークパトリックの4段階評価モデル

ドナルド・カークパトリック(1924-2014)はアメリカの経営学者で、企業の人材教育の成果を測るための指標4段階で提示したことで知られています。それが4段階評価モデルです。1975年に提唱された後日本にも導入され、企業で行われる研修効果測定に広く利用されてきています。

無料eBook「eラーニングシステム徹底比較」

企業向けeラーニングシステム10件の比較、eラーニングシステム選定時に知っておきたいポイントなどをまとめた、eラーニング導入時に役立つ情報満載の一冊です。

eラーニングの導入で期待できる効果

eラーニング導入で成果を上げるためには、どんな効果を期待するのか明確にする必要があります。目的が明確であれば、そのための施策も行いやすくなるでしょう。

まずはeラーニングの導入で期待できる効果について、代表的なものをご紹介します。

受講のハードルが下がり、学びの機会が増える

対面研修の場合、時間や場所が決まっており、そのために予定を調整する必要があります。しかし、eラーニングは時間や場所を選ばず受講することができるため、受講のハードルが格段に下がります。

多忙な社員も、自分の学びやすいタイミングで学習することが可能になり、空いた時間で効率的に学習することができるでしょう。

eラーニングを使った研修は、教材があれば会場の準備などの必要はないため、受講する側だけでなく、受講させる側のハードルも下がります。受講する/させるハードルを下げることで従業員の学びの機会を増やし、スキルアップ促進が期待できます。

自律学習の促進が期待できる

従来の研修は、会社から指示された研修内容を受講するという形が一般的でした。しかし、学び放題のeラーニングサービスなどを導入することで、社員が興味のある内容について主体的に学習することが可能になります。

自由に学べる場を提供することで、自律的に学び育っていく自律型人材の育成を行うことができます。

反復学習で知識の定着率が上がる

eラーニングの強みの一つは、何度も繰り返し学習できることです。分かりづらい部分を理解できるまで繰り返し学んだり、後から学び直したりといった反復学習が容易に行えます。

こうした反復学習を手軽にできる環境があることで、知識の定着率アップが期待できます。

個人に合った内容で学習効果向上が期待できる

従業員の理解度や習熟度は、人それぞれ異なります。eラーニングではそれぞれのレベルに合わせた教育が可能なため、全員に同じ内容の研修を行うよりも、学習効果がアップします。

理解度に合わせた適切な教育を行えば、社員全体のスキルが底上げされ、企業力向上にもつながると言えるでしょう。

物的・人的コストが削減できる

eラーニング導入は、さまざまなコストの削減につながります。セミナーの受講費や外部講師に支払う報酬だけでなく、研修会場への交通費、管理部門の人的コストなどを削減する効果もあります。

また、教材は一度導入すれば何度も使えます。そのため、同じ内容を繰り返し多くの人数に教育する場合などは、特に高い費用対効果が見込めます。

フォローアップの効率化が図れる

社員教育に関わる業務は、研修の申込みから講師・会場の手配、受講者へのアナウンス、受講後のフォローまで多岐にわたります。人数分行うのはさらに手間がかかりますし、抜け漏れが出る可能性も否定できません。

eラーニングはこうした業務を一元化して管理できるため、管理側の負担が大幅に軽減されます。受講者のデータを分析して新たな教育施策につなげることもでき、効率的かつ戦略的にフォローアップを行うことが可能です。

従業員のエンゲージメント向上が期待できる

eラーニングは業務に関する内容だけでなく、リスキリングに活用することもできます。こうした教育体制を整えることで、従業員のエンゲージメント向上が期待できます。

学びたいことを自分のレベルに合わせて、自分のペースで学べる。こうした環境でスキルを身に着けていくことは、自信ややる気、そして会社への信頼にもつながります。

事例1:オートバックス様 eラーニングの修了率と平均客単価の相関を分析

続いて、実際にeラーニング導入で効果を挙げた事例を紹介します。

オートバックス様は1998年に自社向けの教材開発着手され、翌年6月からグループ向けに提供開始されました。eラーニングが普及したのは2000年以降ですから、この先見性は当時としては異例だったと思います。(ちなみに当時、当社はまだ存在していませんでした)

eラーニングを導入した背景

オートバックス様がeラーニングへの取り組みを始められた背景には、以下のような問題を受け、集合研修を中心とした教育に限界を感じていたことがありました。

  • 集合研修の講師不足
  • 研修中の店舗要員の不足
  • OJT時間の不足

そこで、接客に必要な知識基礎的な商品知識に関するeラーニング教材10タイトル開発し、教育体系を整備して、店舗スタッフに配信したのです。

eラーニング導入で見えてきた効果

運用を続ける中で、カークパトリックの4段階評価における「レベル1:反応」や「レベル2:学習」については、アンケート社内資格制度の活用を際して定期的に評価が行われました。ここまでは、一般的なeラーニング研修においても、比較的簡単にデータが取れるところです。

一方で、「レベル3:行動」、「レベル4:業績」になると、本人および第三者へのインタビューや、個人の業績とeラーニング研修との相関分析が必要になるため、実際に行うのはなかなか大変です。

オートバックス様では、eラーニングの運用が10周年を迎える2009年に向けて、2004-2007年までの3年間の学習成果を元にレベル3、レベル4を含む全4段階の評価を行いました。

レベル3は、店員の行動を確認するものです。これは店舗ごとの覆面調査の形で行われ、「接客の基本」「対応力・商品知識」「顧客視点」「店舗印象」「総合」の5項目を採点方式で評価しました。

その結果、eラーニングの修了者が多い店舗ほど点数が高い結果となりました。

レベル4については、370の店舗の従業員を対象に、客単価平均売上、そしてeラーニングの修了状況相関分析を行いました。その結果、eラーニングの修了者が多い店舗とそうではない店舗では、平均客単価に1,241円もの差が出たことが分かりました。

(図表3)eラーニング利用上位店舗と下位店舗の平均客単価・売上推移比較[1]

eラーニング導入の効果が出た理由

オートバックス様がeラーニングを使ってここまでの成果を挙げられた理由は何でしょうか。
それは、eラーニングの受講を促進するために行われた様々な施策です。

従業員にとって最大のインセンティブは給与ですが、当時、オートバックス様の店舗の90%はフランチャイズだったため、eラーニングの学習成果を時給などに反映することはできませんでした。そのため、学習を推進するためのポスターを作成して配布したり、10タイトルのeラーニングをすべて合格したら、記念バッジやお菓子を送り届けるなど、事務局側が実に地道な努力をされたようです。eラーニングの修了レベルに応じた社内資格の創設も、その一つでした。

eラーニングの学習効果を業績につなげるには、eラーニングそのものの質だけでなく、運用面にも様々な工夫が必要だということを物語る事例といえるでしょう。

なお、上記の検証ではさらに興味深いことも判明しました。しっかり学習を行っている店舗とそうではない店舗では、離職率がそれぞれ、54.9%22.0%と、大きな差があることが分かったのです。これは、eラーニングによる学習が、仕事の面白さ達成感自身の成長の実感などにつながったためと推測されます。

近年、小売・飲食業界で深刻化している離職率問題にも、eラーニングは有効な打ち手となるかもしれません。

eラーニング受け放題サービス「まなびプレミアム」について詳しく見る

事例2:JXTGエネルギー様 eラーニング実施店と未実施店の業績を比較

JXTGエネルギー様では、2008年以降、ガソリンスタンドのスタッフに向けてeラーニングによる教育施策を提供しています。

eラーニングを導入した背景

JXTGエネルギー様では、当時ガソリン以外の商品・サービスの販売に力を入れていましたが、現場スタッフの販促力に課題を感じ、教育の必要性再認識されました。しかし、国内の11,000店を超える店舗に向けて、内容と質を揃えた教育を届けるのは一筋縄ではいきません。そこで、eラーニングの導入を決めました。

当時のJXTGエネルギー様の課題は以下のように整理できます。

  • スタッフ間の販売スキル・商品知識の差が激しい
  • 店舗数が多く、店舗ごとに提供できる学習機会が異なっている

この2点を解決するために、eラーニングを導入して、

  1. スタッフに教育すべきスキル・商品情報を標準化し、
  2. 学習機会を均等にすることで、スタッフ間、店舗間のスキル差・知識差をなくし、
  3. これを継続することで全体のオペレーションレベルを底上げし、顧客満足・売上を向上させる

ことを目標としました。

また、これが徹底できれば、自ずと「従業員満足度の向上にも繋がる」という見立てもありました。

eラーニング導入の流れ

そこで、まずは各シーズンに展開されるキャンペーンに合わせて販促のeラーニング教材を順次開発し、ラインナップを整えていきました。ご参考まで、当社で開発を支援させていただいた教材には以下のようなものがあります。

(図表4)当時開発したeラーニング教材ラインナップ

商品・サービスの知識中心ですが、それだけに留まらず、最終的には顧客満足につなげていく、という意図からCS(Customer Satisfaction)経営の基礎まで用意しました。

eラーニング導入による効果

このうち、最初に開発したエンジンオイルの教材について、本導入前の2009年4月に500店舗を対象に試験運用を行い、同年4月から6月にかけて、効果検証を行いました。

検証では、カークパトリックの4段階評価モデル全てのレベルについて調査を行いましたが、「レベル1:反応」「レベル2:学習」「レベル3:行動」はアンケート調査やヒアリングなどを元にした定性的な情報が中心なので、ここには「レベル4:業績」の結果のみ掲載します。

(図表5)エンジンオイルの販売量推移(JXTGエネルギー様調べ)

この調査結果を見て、JXTGエネルギー様が注目したのは6月の販売量の増加率です。例年、5月は大型連休の影響で販売量が増加しますが、6月はその反動で減少傾向に転じ、前年度の水準を維持するのがやっとのところだそうです。しかし、この年の6月、「eラーニング実施店」の前年度比は15%増となっており、その差は「eラーニング未実施店」と比べても有意です。

このことから、eラーニングによるエンジンオイルに関する学習が、販売量の増加につながったものと考えられます。

これに続き、JXTGエネルギー様ではタイヤやバッテリーについても粗利益の比較を行いました。その結果を示すのが以下のグラフです。

(図表6)粗利伸び率の昨対比(JXTGエネルギー様調べ)

いずれにおいても、eラーニング受講店の優位性がはっきりと現れています。

なお、この調査は直営店を中心に行われたため比較的スムーズに進めることができました。特約店様については、eラーニングの導入について、現在も研修事務局から様々な働きかけを実施しているそうです。展開する店舗数が多い場合や、運営の形態が様々ある場合は、eラーニングの導入運用の仕方工夫が必要になることも、認識しておくとよいでしょう。

eラーニング導入の効果が出た理由

本事例は導入の仕方というよりも、現場スタッフにとってすぐに役立つ教材ラインナップを揃えて展開したことが成功のカギだったと言えます。実際、効果検証の中のアンケートでは「自信がついた」「お客様へのおすすめの仕方が分かった」「これまで以上に積極的にコミュニケーションができそう」といったポジティブな意見多数寄せられました。

課題に対する打ち手を設定し、目標を達成するための施策をこれだけの規模で、具体的かつ緻密に進めてこられた事務局の推進力ご努力は、並大抵のものではありません。同時に、だからこそ上掲のような効果が得られたことは間違いないでしょう。

業界を問わず、接客に携わる現場スタッフの皆さんは、お客様と話す内容やその方法(言い回しや表現)について、学びを求めているのかもしれません。JXTG様の事例は、そういったスタッフの、ともすれば自分でも気付いていなかったかもしれないニーズへの訴求成功した例といえるでしょう。

eラーニング受け放題サービス「まなびプレミアム」について詳しく見る

無料eBook「eラーニングシステム徹底比較」

企業向けeラーニングシステム10件の比較、eラーニングシステム選定時に知っておきたいポイントなどをまとめた、eラーニング導入時に役立つ情報満載の一冊です。

まとめ

いかがでしたか?
eラーニングの導入で期待できる効果と、eラーニングの学習効果業績向上につながった事例について、オートバックス様、JXTGエネルギー様、2社の事例をご紹介しました。
学習効果を見える化する手法としては、カークパトリックの4段階評価モデルを利用しました。

eラーニングの導入で期待できる効果としては、以下の7つをご紹介しました。

  • 受講のハードルが下がり、学びの機会が増える
  • 自律学習の促進が期待できる
  • 反復学習で知識の定着率が上がる
  • 個人に合った内容で学習効果向上が期待できる
  • 物的・人的コストが削減できる
  • フォローアップの効率化が図れる
  • 従業員のエンゲージメント向上が期待できる

オートバックス様、JXTGエネルギー様の事例では、いずれの事例においても、eラーニングの活用により、「レベル4:業績」へのポジティブな影響を確認することができました。「eラーニングの効果は数字で見えるのか」という冒頭の問いに対する一つの回答になったかと思います。

小売・サービス業界では、個人の成長と売上の相関が比較的見えやすいため、効果測定に向いているといえます。ただ、eラーニングが従業員の知識の向上や意識の変化、行動の変容につながり得ることは確実であり、この点については業界を問わず効果を期待することができるでしょう。

あとは、どのような教材を用意し、どのように運用するか、に係っているといえます。
今回事例をご紹介した2社では、いずれも自社特有の知見をまとめたオリジナル教材を用意して活用していました。

オリジナル教材の開発は、eラーニング事業者に発注してオーダーメイドすることもできますし、最近では教材作成ツールを使って自社で用意する例も増えてきています。
ビジネスの一般的な内容であれば、レディメイドの教材を活用することも可能です。目的に応じて最適な教材を用意することが大切です。

また、運用については、2社とも、単にeラーニングを配信するだけでなく、様々な工夫を行っていました。例えば、キャンペーンを実施したり、社内資格制度を設けるなどです。こうした取組みを通じて職場に「学ぶ風土」を作ること、受講者に自分の成長を実感してもらうことで学びや仕事へのモチベーションを喚起することが、eラーニングを長期的かつ安定的に運用していくことにつながります。

「学ぶ」と「働く」の間に好循環を生むことが、eラーニングを活用した教育施策のミッションであると言えるでしょう。

ぜひ、あなたの会社の教育プラン作成の参考にしてください。

[1]橋本真治・小迫宏行(2009)p.48.

<参考文献>
・Kirkpatrick, Donald L, Evaluating Training Programs, Alexandria, VA, American Society for Training and Development, p.1, 1975.
・石井幸雄・小迫宏行(2001)「オートバックスにおけるe-ラーニングを活用した企業内教育」『教育システム情報学会誌』vol.18,no.3/4,教育システム情報学会.
・橋本真治・小迫宏行(2009)「eラーニング教材を使った学習成果が企業業績に及ぼす影響」『教育システム情報学研究報告 eラーニング環境のデザインとHRD(Human Resource Development)/一般』vol.24,no.4,pp.46-49,教育システム情報学会.